一二三神示

①「神の臣民」と「獣」。人間の心の内分の状態で、その将来の明暗が分かれる事に成るので御座います。

一二三神示ふで」を智にしてしまう為には、腹で判る様にしなければなりませんから、頭で判っても、何度でも、最初からの連続十二の巻きの部分を読みかえしましょう。この「上憑巻」からの連続十二巻の「夜明けの巻」までがしっかりと腹に入れば、大峠は乗り越えられます。従って基本的にはそれ以降の神示は、必須と云う事では御座いません。「一二三神示ふで」の全文に拘わる必要は御座いませんから、「時間が無い」等、お忙しい方々も御心配なさらぬ様にお気を付けて下さいませ。声を出して読むのですが、読むのは総て、読みましょう。

 

今度の大峠で、宇宙全体の根本から新たに進化した四次元世界へと変わる事になります。「今までの事は何一つ用いられん」事に成るので御座います。つまり、物理的手段では全て「NGです」と云うので御座います。「物理的手段」、とは例えば宇宙船に乗って逃げると言う類の全ての発想、タイムマシン等の装置やその道具類(グッズ)を使うと言う方法、惑星の内側へ逃げ込む等の逃避手段等は、全て乗り越えられません。「宇宙人が助けに来る」等という教えもあちこちで説かれていて、それも一つの御意見では御座いますが、太陽系の惑星は皆、地球が雛型に成ってそこから移写された“外国”で御座います。太陽系内では地球が神代(基)だったので御座います。つまり地球人は、太陽系内での「神の人民」だったので御座います。「外国」とは幽界の事で御座いますから、「宇宙人に助けてもらう」と言う着想は、神の国の人民が幽界の人民から助けられようと期待していらっしゃる事、成就致しません。「何事も神の国から、神の臣民から」で「幽界は後回し」になる。

キリスト、マホメット、アラー、老子と、日本以外のあちこちでも、その地域に合った解決手段が御座います。それが「御魂を磨くと言う方法で御座いました。地球で起こった事は幽界である他の惑星でも起きていたので御座います。宇宙船が墜落した有名なロズウエル事件でも、その乗組員は彼等に合った神示ふでを持っていたので御座いました。彼等は既に、物理的手段では、今度の大峠は乗り越えられない事を自覚していらっしゃったので御座います。

「宇宙人に助けて欲しい」と思っても、いつまで経っても宇宙人が地球人を助けに来ない理由がお判りいただけたと思います。根本から次元が変わる事になってしまうので御座いますから、宇宙船に地球人を収容させても、その宇宙船その物も現在の惑星そのものも、一旦消滅させられてしまうので御座います。私達も「助けてもらおう」では無くて、逆に「彼等も助けなければ」と言う心を持たねば、神の国の人民として大変恥かしいことだったので御座いました。今までに一度足りとも無かった新・四次元世界に合った肉体に替える為に、私達は神示で正しい身魂磨きをしなければ生きていく事ができない時代を、目前に迎えたいたので御座います。

 

実は悪神の仕組みとは要するに異次元間と手を繋がせない事であり、その為に行う「身魂磨き」をさせない様にさして、総てを切断して「無」にするブラックホールにさせるのが真の狙いだったので御座いました。全てバラバラにさえしておれば、神国を安易に乗っ取れるからで御座います。それで様々な趣味、スポーツ等を考案させて競い合い、協力させる心を失わせて、分断させ合って、それぞれのプライドまで持たせられる様にされて来ました。挙句の果てには支配者側の目論見や秘密等の暴露をさせると言う系列・宇宙人UFO情報の謎古代文明や歴史の謎次世代大替えエネルギー等の、「隠蔽されている」と言う情報を敢えて中途半端にインターネット上等に流させて興味を引かせ、異次元間で手を繋ぐ手段である「身魂磨き」を徹底的に疎かにさせようとしております。

 

結局のところ、そう言う情報を広められる活動家の皆様方は、決して埒開く事の無いそうした内容について御自身が滅びるまで御活動されていらっしゃるだけで社会的な効力は無く、悪神の思惑通りに彼等に引き寄せられた方々まで一番大切な「身魂磨き」を疎かにさせて一緒に道連れにさせ続けるだけだったので御座います。身魂を磨き切れば、全てお見通しと成りますから、何でも判らない事は無くなるので御座います。それだけでは御座いません。御自身の一生まで幸福が保証されるだけで無く、現在の我善し社会まで崩壊を加速させて、尚且つ多くの一般庶民の皆様方の為にまでなるので御座います。神示にある通り「真直ぐ」に、「身魂磨き第一」で、これから生活して行く時も有るそうで御座います。「牛の食べ物食べると牛の様になる」とある様に、食べ物で外見が変化させられてしまう時が、いずれ来る事になるのでございます。後は人間の心の内分の状態で、その将来の明暗が分かれる事に成るので御座います。「神の臣民」と「」と云う事で御座います。     

 

<引用者からの一言>

今、私達は自分の身魂磨きが必須ですね。それが大峠の乗り越える手段に成るようです。<2014.9.9>

 

火付身神事(ひふみふで):ホームページ
http://hifumifude.web.fc2.com/
小山清二ホームページ「新しい国家社会の建設を目指して」
http://sinkokka.digi2.jp/

「地球終焉に向けた対策・火付身神示」前半平成25年4月13

https://www.youtube.com/watch?v=Qkwl5k9Tl8Q

 

さらに瞑想呼吸法。
伯道人の講話 第8回 「呼吸法のやり方」

https://www.youtube.com/watch?v=5TsTCtCzEAI

②「教え」を説く時代は、もう、終わった。有名に成ったり名誉的な人物と成ると言う事は「流される人」

「今までは時が来なかった」と良く言われております。その「時」とは、何も時間的な意味の事だけでは御座いませんでした。過去に「天通」の「悟りを開いた」とされる方々が肉体ごと昇天出来なかったのは、誠を説くの為の「説き」が十分に来なかったからで御座いました。もっとも今までは単なる「教え」のみに傾斜していたそうで、今度は「神に成る」為の努力を多くの皆様方が努められるか否か、が問われて来ていたので御座います。

「教え」を説く時代は、もう、終わったので御座いました。何故ならもう「神代」と生って行くのですから、皆、神人と成るので「悟りの教え」を説く必要性が無くなって終うからで御座います。その神人として成就させる為には、何もかも捨て切らねば全う出来ません。先ずは目先の小さな欲から捨てて行きましょう。重い石(意志)は、流れに流されず底の底まで落ち沈みます。個の世では落ち込んで行くので御座います。我善しを捨てるから落ちて行くので御座いますよ。軽い石(意志)は浮いて来て、流されてしまいます。

有名に成ったり名誉的な人物と成ると言う事は「流される人」になる事でも御座います。

 

現在の「龍型」の日本列島、「(西側の)日本列島が回転した」、現在の鳴門は基の姿の心臓(富士山)に位置し、現在の富士山は基の姿の渦海が起こっていた場所だったそうで御座います。「富士と鳴門が引っ繰り返る」とは、一旦、基の姿に変える事で御座いますから。基の神国としての現われの女性の頭部は、現在の九州地方に該当致します。胸の辺りが現在の四国地方、つまり後に海水が流れ込んで来て、陸地が分断されてしまった所で御座いました。現在の四国は、そう言う事情で後から形成されましたから、基の雛型の移写である外国(大きい州ならばオーストラリア大陸)と向きが逆になっていたので御座います。「邪馬台国」なる国は、西側の本州の反時計回りに一緒に動かされて、現在の沖縄の地点から半分以上がもぎ取られる様に千切られて離れて行ったそうで御座います。当時の「邪馬台国」の人民は、向かいに在った現在の(分断される前の)四国地方の東側を通って、奈良の辺りへと移動されたそうで御座います。そこで「邪馬台国」の「邪馬」を取って「倭国」とされたのが、その後に侵入・侵略された「大和朝廷」の基となったそうで御座います。また、基の「邪馬台国」の陸地の一部は南へ暴走するかのように移動して、現在、千葉県の「千倉」として落ち着いたそうで御座います。現在「邪馬台国」の所在が判らなくなっているのは、陸地の移動に伴って、当時の人々も移動されたからで御座います。畿内説も九州説も沖縄説も、結局の所、「伝えられた」と言う点においては、同じ事だったので御座いました。但し、第二次大戦中にアメリカ軍が沖縄に上陸されたのは、当時まで解読不可能な石版が有って、それを全て奪うのが最大の目的だった事は、他の書物でも明らかにされている通りで御座います。奪う目的が無ければ、東京の様に「空襲」と言う形で攻撃された方が、手っ取り早いからで御座います。「邪馬台国」は当時中国側に在った、「会稽」と「東冶」の東側の洋上に在ったとも明記されておりますから、石板を奪ったアメリカ軍最高司令部の皆様方は解読がきっとされたでしょうね。

 

「火憑くの民」は、とことん試しに試めすと神示には示されております。落とす所ないまでに落とすのですから、真っ先に辛い思いをする事になります。私が体験している又は体験した事としては、①特定の方から濡れ衣を着せられて、しかもネットや業界へと広められてしまった事。②一見、仲間の様で、私の気持ちや意見を受け入れない、聞こうとされない方が一番近寄って来た事。③どこに居ても、不特定多数の方々から悪口を言われたり嫌がらせを被る場合が多い事。④身体の痛みが年中どこかしらある事。不治(神示)を盗りに来る霊達からの様々な妨害、誘惑が起きる事。⑥要らぬ事に付き合わされたり利用される事。⑦私がボランティアで無料配布する為に編集した神示を、無料で広めるするふりをされて転売・商売される方。⑧御神業で協力する様に装って、実際に掛かる経費を余分に請求・受け取られたり、実際に掛かっていない出費を掛かった様に偽って私に請求・受け取るなど、必ずしも身魂を安心して磨き続けられる様な環境にはなりません。神示を通して明白となった事なので御座いますが、正しい身魂磨きの出来あがっていらっしゃらない方々は、どれ程立派な方でも素晴らしい御活動されていても、神の目から御覧になられると、皆偽善者でしか無かったので御座います。つまり神人として成就しないと云う事で御座います。大神様の中の一つの細胞として、大神様の御意向に沿う生き方が出来なければ「善」とは言えないからで御座います。

<引用者からの一言>

私の体験と執筆者の体験、似たり寄ったりもあり、引用させていただきました。

職場は、だいたい、30歳頃までは、仕事が順調です。世の中の目はそんなに厳しくありませんから、しかし、40歳を過ぎた辺りから、仕事を続けられるかどうか、神様から試される時期が来ます。それは、自分の未熟さです。私の場合は、コミュニケーション能力不足と文章力と字の下手さだと気付きました。そこで、自分の弱点をなんとかしようと思いました。私の場合は、子供と一緒にお習字を習いに行きました。今も続いています。コミュニケーション能力は、挨拶をする事、上司にも声をかける事、恥ずかしいと思う心を打ち消す事、に挑戦しました。文章力は書く事です。日記もそうです。それを努力しました。その後20年位は仕事が続けられました。しかし、次の試練は、嫌がらせですね。それがまさしく、定年近い頃の退職の原因です。私は病気の原因や健康に興味がありました。それが仇になりました。患者に健康食品を勧めていないのに勧めているとか、予防接種をしてもしなくても同じだと云ったのが、医者の目からは、打つなと言っているとか…。どうも自分の行動が場違いになっている感じがしてきました。そこで、もう病院で働くことが出来ないと感じてきました。それならば、と、自分の人生目標を定年後と決めました。今の生活も、常に神様に試されている感じが毎日あります。これでいいかな!いいよね!と毎日、神様に聞きながらブログを投稿しています。我欲が入れば問題が生じますので、我欲が入らない様にだけは、気をつけながら、投稿しているつもりです。神様が常にふるいをかけているのです。逃げる事はできません。乗り越えるには、自分の努力しかないように思われます。

③今までは横の生き方をして来たので御座います。同じ次元世界「同物」のみの中でしか生活しないと言う事で

「火付身神示」神々様の御名に意味的に合うと思われた(または天界からのお告げでご指示を受けた)当て字を主に使っております。その最大の理由は、従来のままですと読者の皆様方の大半が、「神様は天にのみ御存在されている」と言う前提で神示を読まれてしまうからで御座います。神様は心の中にも腹にも存在されていらっしゃいますので、「天にのみ」と言う思い込みまで少しでも消したかったので御座いました。

メモ:地球には、過去に五度の太陽の時代が有ったとされる、古代遺跡から発見された物が御座います。「マヤ」でもさようで御座いますが、これから迎える新たな代(よ)は、「過去(加個)」、「現在(言在)」、未来(実来)」が一つにまとまるので御座います。五度の太陽時代が一つに成るので御座います。その事も古代遺跡では訴えていたので御座いました。「五つの太陽時代の上下左右中が、一番外側の大きな円に治まる」と云う事を、古代遺跡で示していたのです。「時間」と言うものが、無くなる代と成るからで御座います。神示は奥山でも御座いますから、自分の内側世界の八から十人の自分達と和合させて行き、神界の基の代に一旦戻ってから、また組み直されて火弥栄(ひやさか)に中心の神代から外側世界に向けて展開して行くので御座います。モナ・リザはその「神代」に成るが為の神人を目指すか、それ以外で永遠に治まるか、その選択を皆様方に「どちらへ向かうのですか?」と問いた絵なので御座いました。「マヤ遺跡」には後からそこに来た民族の残した遺品も混じっている為に、現在では大変な誤解(人を生贄にする等)まで専門家等に依って広められております。マヤ民族は天へ上がったので御座います。

現在私達が使っている「五円玉(御縁魂)」もマヤ遺跡の意味を継承しておりました。上下左右の時代を、真中で「丸く治める」意味に成る「円(縁)」が付けられた形に成っていたので御座いました。「五十円玉(悟従縁魂)」もさようで御座いますよネ。

メモ:ピラミットは、「仮名五十音」を立体で表現させた物で御座います。ピラミッド

の各度がそれぞれ「東西南北」の「い」、「う」、「え」、「お」の横列であり、頂点へ向かう方向が人間の「親指」でも現されていた「縦(経て)」の代の基、「あ(吾)「や(冶)「わ(和)」の「基他」の事だったので御座います。今までの東西南北は全て「南(実名巳)」と成り、頂点に向かう方向が「北(基太)と成ります。ピラミッドにソッポを向いているスフインクスは、頭だけ立派に見せておりますが、立てない四足動物に成っております。ピラミッド「仮名」の「神成る」道に向かわないから、表面だけ立派に見せているだけの獣出しかない事を、表現されていたので御座いました。「立てない」とは「縦(経て)無い」事、異次元世界を経ていない事であり、神界、霊界、現界を貫いて居ない為に「経て無い」事を、表現されていたので御座いました。今のままでは本当に、人類は皆、四つん這いで這いまわる獣(けだもの)に化かされてしまいます。

動物や昆虫を食べては神人には成りえません。動物達は皆、横長の胴体をしていて楯にも上にも向かわないからで御座います。今までは横の生き方をして来たので御座います。「横」だけでは「悪」と成ります。同じ次元世界(同物)のみの中でしか生活しないと言う事で御座います。同じ次元世界「同物」のみの中でしか生活しないと言う事で御座います。「横」と言う言葉が付くのは、皆、悪い意味で現代でも使われております。「邪(よこしま)・「横流し」・「横柄(おうへい)「横逆」・「横奪」・「「横着」「横道」・「横領」・「横車」・「横槍」等、皆、悪い意味として扱われているので御座います。

<引用者からの一言>

神示では、お肉やお魚を食べない方が良いと言われています。卵はおっしゃっていない様に思われます。更に牛乳もおっしゃっていません。しかし、そんな意味ではではない様に思われます。今までの過去の人間は、動物(同物)(獣)の意識が強かったので、戦争や争いが絶えなかった。だから、動物(同物)の争いの意識を捨てなさいと、おっしゃっていると思われます。しかし、お肉は多くは食べない方が健康にも良いですし、現在は魚が放射能まみれです。最近のイルカやクジラの死骸の漂流は、放射線の影響であるとも言われています。子供は、できるだけ気を付けた方が良いようです。
<2014.9.10> 

④「憑き身」の「憑身」を、誤って「罪」と教えられ、それを改めませんと自分が神代に成れなくなってしまい

草木は縦長で御座いますから、縦に向かって上に向かって日に向かって生きて育って行くのですから、草木に値する「五穀野菜(護国治才)とその類(果実・海藻類等)」が必要なので御座います。「日(火)」に向って成長する種類である事、縦へ上へ向かって成長する事、樹(基)に生っている事、「お土に足いれよ」と云う様に土から直に育つ事が、その根本的な理由だからで御座います。動物生(同物生)の脂肪を摂取致しますと、横の流ればかりと生ってしまいますから、徹底的にそれらを縦の流れに全て変えて行く努力を致しましょう。なぜなら、人は活動する時は起き上がって、「縦」の姿勢を取るからで御座います。活動しなければ、「横」の姿勢、つまり寝ますよね。その所以で、それが出来なければ、神に成れる仁翻神(にほんじん)とは相成りませんから。「同物生」とは、同じ次元世界のもの同士で生きるやり方、物質的食物中心の生活、と云う意味の現われで御座います。平面の事を意味致して御座います。縦が無いので御座います。これでは「立てない(縦無い)」ので御座います。異次元の壁を超えるからこそ。「経てる」ので御座います。「人を立てる」とは、元々この意味で神界では云われていたそうで御座います。食の「身の御用」と神示を読む「気の御用」を、実行いたしましょう!霊人(ひと)を経(た)てましょうネ!

メモ:素査成(すさな)るの神様の御実体について説明致します。この神様は、人民の罪・穢(けが)れを祓って下さる救いの神様で御座います。左(霊的に偏る方々)と右(物質偏重思考の方々)を結ぶ神様であり、御隠(おかく)れになられていらっしゃる「霊」の神様、㋐霊ア㋑霊イ㋒霊ウ㋓霊エ㋔霊オ㋳霊ヤ㋴霊ユ㋵霊ヨ㋻霊ワの九柱(供把支等、くはしら)の神々様の御事で御座いました。この素査成るの神様は平仮名(ひらがな)である「火留個」(ひるこ)と、型仮名(かたかな)である「吾和し真(あわしま)」の夫婦神でいらっしゃいます。この位座名気(いざなぎ)位座名己(いざなみ)の夫婦神に因って最初にお生まれになり、各々の実個供仁(みこくに)の内に御隠れに生られていたので御座います。救世主としてそれぞれの神様を育てて下さる神様でいらっしゃいました。大変重要な御神様で御座います。

守護神様と肉体の私達を結ぶ、祓い清めの神様でも御座います。祓い清めに因って内側の私達が憑き逢って行く「憑き身」の「憑身」を、誤って「罪」と一般的には教えられて居るので御座いますが、それを改めませんと自分が神代に成れなくなってしまうので御座います。

<引用者からの一言>

神棚の前で、私も毎日、祝詞(のりと)を唱えていますが、つみけがれをはらいたまえきよめたまえ…、罪穢れ…、とばかり思っていました。罪穢れではなく、憑身穢れ…。どっちにしろ、穢れですね。心の汚れです。私達の胸に心があります。その心は電磁波を出しているそうです。大峠を乗り越えるには、それぞれの人間の心の持ち方が一番大事であると言われています。知識は頭、魂は腹の底、現在は知識ばかりを詰め込んでいて、私達は頭でっかちになっていますが、大峠を乗り越えるには、頭よりも、心の持ち方が大切であると言われています。現世の穢れを取り除いてから、あの世に行く。そうしなければ、あの世がどんどん汚れてしまって、そこで、再びこの世での修業…。いつまで経っても悪循環どころか、どんどん悪化しているそうです。

今度の大峠が最後のようです。現世では心が大事です。どうして大事かと云うと、心(胸)から電磁波が出ているということなのです。そこで、閃きました。挨拶には三種類があります。お辞儀、握手、ハグの三種類です。スピリチャルのトレーニングに行くと、みんながハグをし合いますが、私はどうしてもハグが嫌いでした。しかし、心が通い合うには、ハグが良いのですね、しかし、ハグはどうしても好きになれません。しかし、赤ちゃんや子供には、お母さんが毎日ハグをしてあげて下さいね。本来ならば夫ともハグをしないといけないのかもしれませんネ。身体の汚れをとるには、入浴とリンパマッサージがよいと思われます。

取り敢えず、私達の心(胸)の持ち方が大事です。私達が良い電磁波を出さなければ、地球も、宇宙も助からないのです。心を清らかにして、私達の胸から良い電磁波を出しましょう。<2014.9.11>

⑤学や智恵では幽界(がいこく)にかなうまい、神の申す様にして今は戦して呉れよ、言に基キを憑ツけよ。

神示語録集(ふでごろくしゅう)1ページ

神に目を向ければ神が移り、神に耳向ければ神が聞こえ、神に心向ければ心に移る。掃除の程度によりて神の移り方が、違うぞ。掃除出来た火(ほう)から、神の姿移るぞ。それだけに移るぞ。(上つ巻 第十帖)

掃除すれば誰にでも神憑かる様に、仁翻(にほん)の臣民なりて居るぞ。「神衆性決の民」とは、掃除してキレイになった臣民のことぞ(上つ巻 第十九帖)

何もかも捨てる臣民、幸ひぞ。捨てるとつかめるぞ。(上つ巻 第四十一帖)

学や智恵では幽界(がいこく)にかなうまいがな。神頼れば神の力出るぞ。善い事言えば善くなるし、悪き事思えば悪くなる道理判(わか)らんか。今の臣民口先ばかり、こんな事では「神の民」とは申さんぞ。(下つ巻 第十七帖)

どんな所に居ても神がスッカリと助けてやるから、神の申す様にして今は戦(いくさ)しておりて呉れよ。添支様(てんしさま)御心配なさらぬ用にするのが臣民の務めぞ。神の臣民、言に基(き)を憑(つ)けよ。(付治の巻 第十帖)

個の神示(ふで)よく読みてさえ居れば、病気も無くなるぞ。さう云えば今の臣民。「そんな馬鹿あるか」と申すが、良く察してみよ。必ず病も治るぞ。それは病人(やみびと)の心はキレイに成るからぞ。「選択(せんたく)せよ、相似(そうじ)せよ」と申せば臣民何も判らんから慌ててゐるが、個の神示(ふで)、読む事が選択や相似の初めで終わりであるぞ。神は無理は云わんぞ。神の道は無理してないぞ。よく個の神示(ふで)読んでくれよ。読めば読む程、身魂磨かれるぞ。と申しても、仕事をよそにしては成らんぞ。臣民と申すものは馬鹿正直ざから、「神示(ふで)読め」と申せば神示(ふで)ばかり読んだなら良い様に思うてゐるが、裏も表も有るのぞ。(付治の卷 第十三帖)

個の余は人間に任してゐるのざから、人間の心次第ぞ。しかし今の臣民の様な腐った臣民では無いぞ。いつも神の憑(か)かってゐる臣民ぞ。「神憑(かみが)かり」と直ぐ判る神憑かりでは無く、腹の底にシックリと静まってゐる臣民ぞ。それが人間の誠の姿ぞ。愈々地悟供(ひよひよぢごく)の三段目に入るから、その覚悟でゐて呉れよ(付治の巻 第九帖)

今度は世界中、神々様も地区性(ちくしょう)も悪魔も外道(げどう)も三千世界の大洗濯ざから、そんなチョロイ事では無いのざそ。ぶち壊し出来ても経(た)て直(なお)し判るまいがな。火と水で岩戸開くぞ。「知恵や学でやるとグレンと引っ繰り返る」と申しておいたが、さう云えば「知恵や学は要らん」と臣民、早合点するが、知恵や学も要るのざぞ。悪も御役(おやく)であるぞ。個(こ)の道理、よく腹に入れてくだされよ。添(てん)の神様、智に御降りなされて、今度の大層な岩戸開きの指図為されるのざぞ。(天つ巻 第4帖)

個の神示す、言葉として読みてくだされよ。神々様にも聞かせて呉れよ。守護神殿にも聞かして呉れよ。守護神殿の皆神(かいしん)まだまだあるぞ。(天つ巻 第十一帖)

「何事も方便(ほうべん)」と申して自分勝手なことばかり申してゐるが、「方便」と申す物、神の国には無いのざぞ。誠が言ぞ。真の言ぞ。言霊(ことだま)ぞ。これまでは「方便(ほうべん)と申して逃げられたが、もはや逃げる事が出来ないぞ。方便の人々、早う心、洗いて呉れよ。方便の代(よ)は済みたのざぞ。(地つ巻 第十帖)

考えてゐては何もできないぞ。考えないで思う通りにやるのが神のやり方ぞ。考えは人の迷いざぞ。今の臣民、身魂曇りてゐるから考へねばならぬが、かんがえれば愈々(ひよひよ)と曇りたものになる道理、判(わか)らぬか。(地つ巻 第ニ十三帖)

<引用者からの一言>

世の中が良くなるのも悪くなるのも、私達の心が大切です。私も書きながら、勉強をしています。よろしくお願い致します。

⑥「掃除始まったらバタバタに埒付く」と申してあろがな。花咲く人もあるぞ、花散る人もあるぞ。

神示語録集(ふでごろくしゅう)2ページ

神の国・霊の国と個の代(このよ)とは合わせ鏡(かがみ)であるから、個の世に移って来るのざそ。「臣民、身魂洗濯して呉れ」とくどう申してあろうがな。(地つ巻 第ニ十四巻)

個の神示(ふで)読めば、病治る様に成ってゐるのざそ。読んで神の申す通りに致して下されよ。臣民も動物も草木も病無くなれば、世界一度に光るのぞ。岩戸開けるのぞ。戦も病の一つであるぞ。国の足の裏、掃除すれば国の病治るのぞ。「国、逆立ちしてる」と申してある事、忘れずに掃除して呉れよ。上の守護神殿、下の守護神殿、皆の守護神どの、皆神(かいしん)して呉れよ。愈々(ひよひよ)と成りては苦しくて間に合はん事に成るから、くどう基憑(きつ)けておくのざぞ。(天つ巻 第ニ十九帖)

個の神示(ふで)、心で読みて呉れよ。声出して読みて呉れよ。病も治るぞ。草木も個の神示(ふで)読みてやれば花咲くのざぞ。(地つ巻 第ニ十三帖)

「神示(ふで)読まないで臣民勝手に知恵絞りても何にもならん」と申してあろうがな。(地つ巻 第ニ十九帖)

世界に変わりた事は皆個の火(ほう)の仕組みの節々(ふしぶし)ざから、身魂磨いたら判るから、早よう身魂磨いて下されよ。

神の規則は怖いぞ。隠し立ては出来んぞ。何もかも帖面に記して有るのざそ。(地つ巻 第三十五帖)

「個の神示(ふで)声立てて読みて下され」と申してあろがな。臣民ばかりに聞かすので無いぞ。守護神殿、神々様にも聞かすのぞ。(火憑くの巻 第三帖)

学も神力ぞ。神ざぞ。「学が人間の知恵」と思うてゐると、とんでも無い事になるぞ。貫神(かんじん)の真中、動いては成らんのざぞ。神国の性治(せいじ)は霊(たま)の祀り毎(ごと)ぞ。苦し行が喜んで出来る用に成りたら神の仕組み、分かり掛けるぞ。(火憑くの巻十一帖)

昔からのメグリであるから、ちょっとやそっとのメグリで無いから、どこへ逃げてもどうしても、するだけの事せな成らんのざぞ。どこにゐても救う臣民は救うてやるぞ。(火憑くの巻 第十六帖)

個の神示(ふで)よく読みて呉れよ。早合点しては成らんぞ。取り違ひが一番怖いぞ。「どうしたらお国の為になるのぞ、自分はどうしたら良いのぞ」と取次ぎに聞く人、沢山に出て来るなれど、個の神示(「ふで」よく読めばどうしたら良いか分かるのざそ。その人相応に取れるのぞ。神示(ふで)、読んで読んで腹に入れても「分からぬ」と云う事無いのざぞ。「分からねば神知らす」と申してあろがな。迷うのは神示(ふで)読まぬからぞ。腹に入れておらぬからぞ。人が悪く思へたり悪く映るのは、己が曇りてゐるからぞ。(火憑くの巻 第ニ十四帖)

個の道、始めは辛いなれど楽の道ぞ。骨折らいでも素直にさへして、その日その日の仕事しておりて下されよ。心配要らん道ぞ。「手柄立てよう」と思ふなよ。「勝たう」と思ふなよ。生きるも死ぬるも神の心のままざぞ。どこに居てどんな事してゐても、助ける人は他透ける(たす)のざそ。神の吾用(ごよう)ある臣民、安心して仕事致しておりて下されよ。火降(ふ)りても槍(やり)降りても、ビクともせんぞ。心、安心ぞ。クヨクヨするで無いぞ。神に頼りて神祀りて、祀りておれよ、神救ふぞ。(火憑くの巻 第三十五帖)

仁翻(にほん)の人民は、何事も見え透く身魂、授けてあるのざぞ。神の身個ざぞ。掃除すれば何事もハッキリと移るのぞ。早(はよ)、判らねば悔(くや)しい事出来るぞ。言葉と個の神示と心と行いと説きの動きと五つ揃ったら、誠の神の身個ぞ。神ぞ。(火憑くの巻 第三十九帖)

「掃除始まったらバタバタに埒付く」と申してあろがな。メグリだけの事は、今度はどうしても借銭無しにするのざぞ。花咲く人もあるぞ、花散る人もあるぞ。(火の出の巻 第十帖)

<引用者からの一言>

声を出すことで、周囲に響き渡り、その響きが自分にも伝わって来て、自分の心にも響いて来ますネ。私は、本を黙々と読み、考え込み、そうして、心に響いて来たら、その内容をノートに書き込む習慣がありました。しかし、声を出す習慣はありませんでした。

ひふみ神示は、声を出せ、声を出せ、声を出して読め、とひっきりなしに云っています。だから、この文章をブログに引用するときも、声を出して書いています。しかし、声をだすと、疲れて来て、あまりはかどりません。しかし、自分の心に、何度も何度も言い聞かしていることにもなるので、自覚がより強くできるようになってきました。

ブログを書いていると、すぐに眠くなります。その対処法は、ガムをかじる事でした。ガムをかじっていると眠くならなくなります。だから、私はガムをかじりながらブログを書いていました。しかし、声を出しながら書く時には、ガムをかじっていません。ガムをかじる必要がなくなりました。眠くもならなくなりました。おもしろいですね。(2014.9.20)

⑦力有り過ぎて失敗(しくじ)った神ざぞ。神でも失敗(しくじ)るのざぞ。どんな力有ったとて、我で失敗(

神示語録集(ふでごろくしゅう)3ページ

それぞれにメグリだけの事はせな成らんぞ。早い皆神(かいしん)はその日から持ち切れない程の親途供(しんとく)与えて、嬉(うれ)し嬉(うれ)しにしてやるぞ。(火の出の巻 第十二帖)

個の火(ほう)は力有り過ぎて失敗(しくじ)ったざぞ。個の代(よ)構(かも)う神でも失敗(しくじ)るのざぞ。どんな力有ったとて、我出(がだ)すでないぞ。個の火(ほう)が良い見せ示ぞ。世界構(かも)う個の火(ほう)さへ、我で失敗(しくじ)ったのぞ。くどい様なれど我(が)出すなよ。慢心(まんしん)と取り違ひが一等気(ざわ)障りざぞ。皆神(かいしん)チグハグざから物事、後先(あとさき)になりたぞ。仕組み少しは変わるぞ。今の役引(やくいん)、「神の道広める」と申して我(われ)を広めてゐるでないか。そんな事では役引(やくいん)くとは言わさんぞ。(火の出巻 第ニ十帖)

メグリ有る金でも物でも持ちてゐたら良い様に思ふてゐるが、えらい取り違ひであるぞ。早う神の申す事聞き手下されよ。世界のどこ探しても、今では個個より他に神の誠の道知らす所、無いのざぞ。(火は途の巻 第十帖)

心にメグリ積(つ)むと動物(同物)の容れ者(いれもの)と成るぞ。神の容れ者(いれもの)、同物(どうぶつ)などに自由にされてゐて、それで「誠の神の臣民」と申されるか。(火は途の巻 第十一帖)

添性交態人宮様(てんしょうこうたいじんぐうさま)の岩戸開きは、騙した間違ひの岩戸開きざから、開いた神神様に大きなメグリ有るのざぞ。今度はメグリだけの事はせな成らんぞ。神には分け隔(へだ)て無いのざぞ。(火は途の巻 第十五帖)

「洗濯」と申すのは何事に寄らん、人間心捨ててしまうて知恵や学に頼らずに、神の申す事、一つも疑はず、生まれ赤子の心の初心(うぶこころ)に成りて神の教え守る事ぞ。「身霊磨(みたまみが)き」と申すのは、神から授(さづ)かってゐる身霊の命令に従ふて、肉体心捨ててしもふて、神の申す通り背(そむ)かん用にする事ぞ。「学」や「智」を「力」と頼むうちは、磨けんのざ。「学(がく)超えた学(がく)、智超えた智は、神の学(がく)・神の智ざ」と云う事判(わか)らんか。今度の岩戸開きは身霊(みたま)から、根本から変へて行くのざから、中仲(なかなか)であるぞ。(火は途の巻十六帖)

「御用さして呉れ」と申しても、メグリある金(兼ね)は吾用(ごよう)にならんぞ、メグリに成るのぞ。(其の巻 第十三帖)

我に判(わか)らんメグリ有るぞ。今度は親子でも夫婦でも同じ様に裁(さば)く訳(わけ)には行かんのざ。「子が添国(てんごく)で親地獄」と云う用にならん用にして呉れよ。一家揃ふて添国身霊(てんごくみたま)と成(な)って呉れよ。国皆揃ふて神国と成る用、務めて呉れよ。メグリは一家分け合って、国中分け合って借銭(しゃくぜに)無しにして下されよ。(基の巻 第十五帖)

メグリあるから心配有るのぞ。メグリ無くなれば、心配無くなるぞ。心配無いのが「付治(ふじ)は張(は)れ足(た)り」ぞ。付治張れ(ふじはれ)結構ぞ。(基の巻 第十五帖)

人間心には我があるぞ。神心には我が無いぞ。我が無くても生(な)らんぞ。我が有っては成らんぞ。「我が無くては成らず、会っては成らん」道理、判(わか)りたか。神に融(と)け入れよ。添支様(てんし)様に融け入れよ。我無くせ、我出せよ。(水の巻 第十二帖)

今の法律、個(こ)の火(ほう)、嫌いぢゃ。嫌ひもの無くするぞ。凝り固まると損なふぞ。「個の満(み)ち仲(なか)活(い)く道」と申してあるが、「あれなら火憑くの巳民(みたみ)ぞ」と世間で云う様な行ひせねば成らんぞ。「神の国」と申すものは光の代、歓(よろこ)びの代(よ)であるぞ。(松の巻 第十一帖)

<引用者からの一言>

自分が、頑張れば頑張るほど、仇になるということがあるということが、ある日、気付きました。

先ず、仕事と家庭との両立です。母親が仕事をすることに対して、子供は評価しません。忙しく働いている姿は、子供なりに我慢しなければいけないことがたくさん有ります。

長女が大人になったある日、質問をしてみました。お母さんの人生って、これでよかったのかな?と、そうしたら、お母さんが良かったと思えば良かったんじゃないの?とそっけない返事でした。更に、お母さんは自分の事しか考えていなかった、私が悩んでいても気付いて呉れなかった、と言われてしまいました。

そこで、次女にも聞いてみました。どうしてお姉ちゃんはお母さんの方を責めて、お父さんには責めないのかな?と。そうしたら、お父さんはお父さんだから、と言う返事でした。

これって、どういうことなのでしょうか?

私が考えるには、母親であれば、子育てを犠牲にしてはいけない、と娘達に言われたように思われます。幸い、我が娘達は無事に大人になりましたが、私の職場の周囲を見回すと、自分の子供が大人になっても、うつ病、ニート、自殺など、問題を抱えている家庭が数多く見受けられるように思われます。皆、私と一緒に、仕事を頑張った仲間です。頑張らなかった?と言えば語弊があるかもしれませんが、子育てを重視して、途中で仕事を止めて行かれて方には、そのような悩みが少ないように思われます。今の政府は、女性に仕事をしてもらおうと必死ですが、それは目先の考え方でしかないように思われます。子育てをしっかりとしなければ、将来働いてくれる子供が精神に病を抱えて、にっちもさっちも行かなくなる様に思われます。女性が頑張る事が仇になってしまうように思われます。

御立派な神様が、添性交態人宮様を騙して、岩戸開きと言う、間違いを犯して、それが、今の世の中であると…。今の世界は、基から間違っていたようですね。御立派な神様でも、頑張り過ぎて間違ってしまったようですね。やはり、頑張る事には問題が秘められて居るように思われます。

⑧乗り物もタダにせよ、田家から税金取る出ないぞ、働かんでも食べさせてやれよ、年貢取り立てるでないぞ

神示語録集(4ページ)

前にも経て替えは有ったのざが、三千世界経て替えで無かりたから、どの世界にでも少しでも曇り有ったら、それが大きくなって悪は走れば苦労に甘いから、神々様でも、悪に、知らず知らずなって来るのざそ。それで今度は基の活き神が天張(あっぱ)れ現われて、悪は影さへ残らぬ様、根本からの大洗濯するのざぞ。神々様、守護神殿、今度は悪は影も残さんぞ。早う皆神(かいしん)なされよ。経て替えの事、学や智では判(わか)らんぞ。(松の巻 第十ニ帖)

皆神(かいしん)次第で善の霊と入れ替へて、その日から善き火(ほう)に廻してやるぞ。

道は真っ直ぐに行けよ。寄り道するでは無いぞ。脇目(わきめ)ふると悪魔身入るぞ。それも我の心からざそ。(松の巻 第十九帖)

今までは悪の世でありたから、「己殺して他人助けるのも悪ぞ。神無き者にして、人民生きるのも悪ぞ。神ばかり大切にして、人民放っておくのも悪ぞ。「神人共に」と申してあろが。神は人に依り神と成り人は神に因って人となるのざぞ。誠の神の御心分かりたか。今までの教へ間違っている事、段々分かりて来るであろうがな(代開けの巻 第一帖)

基の基の、の子と、渡りて来た神の子と、渡りて来る神の子と、三つ揃ってしまはねば成らんのぞ。アとヤとワと申してあろうが。だんだんと判りて来るのざそ。実地の事は実地の誠の生き神出(で)ないと出来はせんぞ(雨の巻第四帖)

「悪」とは「他を退(しりぞ)ける事」であるぞ(雨の巻 第十一帖)

今度は借銭無しに成るまで止めんから、誰に寄らず借銭無くなるまで苦しい行せな成らんぞ。借銭無し出ないと、お土の上には住めん事に成るぞ。(代開けの巻第十四帖)

個の火(ほう)の基へ参りて、まづ借銭無しに、借銭払ひて下されよ。苦しい事出来て来るのが御神徳ぞ。(岩の巻 第七帖)

「地(くに)の火憑くの」とは臣民の事であるぞ。「臣民」と申しても今の様な臣民ではないぞ。・人共に弥栄(やさか)の臣民の事ぞ。今の臣民も掃除すれば地(くに)の火憑くの様と生(な)るのざぞ、自分卑(いや)しめるでないぞ。皆々様様ざぞ。(光の巻 第一帖)

今の政治は貪(むさぶ)る政治ぞ。のやり方は与え放しさぞ、(右回りの渦)ぞ。誠ぞ。今のやり方では代は治まらんぞ。道理ぢゃなあ。添にはいくらでも与える物あるぞ。智にはいくらでもどうにでも生る、人民に与へる物あるのざぞ。借(お)しみなく、隈(くま)なく与えて取らせよ。与へると火弥栄へるぞ、弥栄になって元に戻るのぞ。国は富んで来るぞ、神徳満ち満つのぢゃ。個の道理判(わか)るであろうがな。取り上げた物、何にも生らんのぢゃ。捧げられた物だけが誠じゃ。乗り物もタダにせよ。田から(多加等たから)も家(居得いえ)からも税金(説勤)取るでないぞ、年貢(年俱ねんぐ)取り立てるでないぞ、何もかもタダぢゃ。「日の光見よ」と申してあらうが。暮らしむきのものもタダで与える方法あるでないか。「働かん者食ふべからず」と申す事理屈ぢゃ。理屈は悪ぢゃ。悪魔ぢゃ。働かん者にもドンドン与えて取らせよ、与える方法あるでないか。働かんでも食べさせてやれよ。何もかも与え放しぢゃ。そこにの政治始まるのぢゃぞ、の経済あるのぢゃ。

<引用者からの一言>

右回りの渦のマークの表現がむつかして、若干、原文とは異なりますので御容赦ください。)

三千世界とは、個の世、霊の世、神の世。三千世界の全てが、現在では汚れきってしまったようですネ。以前にも経て替えが有った、と言われているのは、たぶんノアの方舟でしょうか?有名な大洪水だと思われます。大洪水で、神様は個の世の大洗濯をなされたようです。しかし、それも、神様は間違ってしまったと思われます。却って、霊の世界と神の世界が汚れてしまったようですネ。

そこで、今度は、個の世、霊の世、神の世も全て、三千世界の大洗濯をすると言われていると思われます。世界中、神々様も地区性も悪魔も餓鬼も外道も全ての大洗濯をするのだそうです。これから、大神様の大掃除は大変でしょうね。

過去から、個人的にも、集団的にも、幾度も幾度も、神示を降ろされたようです。しかし、個の世の方々は間違って解釈してしまって、新興宗教というような形になどになられてしまったようです。そこで、弾圧されたり、無視されたり…、今度こそ、今度こそが、最後だよ、と私達に言われているように思われます。果たして、私達の大洗濯が御成功されるでしょうか?その為には、私達の一人一人の心掛けが大事であるように思われます。

助ける人は助けるし、汚れきってい。人は捨てられるようですね、私達は、最後まであきらめないで、メグリの自分の汚れを落さなければいけないようです。それぞれの自分の汚れは自分で落しましょう。先ずは、言霊でしょうか?自分の発する言葉が大切であるように思われます。<2014.9.22>

⑨今迄は神様も分かれ別れで勝手にしてゐたのであるから、神様の申された言にも間違ひと成る事あったのぢゃ

神示語録集 5ページ

皆々の子ぢゃ、の魂上憑(うえつ)けてあるのじゃ。長い目で見てやれ、借(お)しみなく与えるうちに、人民、元の姿現われるぞ。貪(むさぼる)ると悪になって来るのぢゃ。今のさま見て皆神結構(かいしんけっこう)ぞ。算盤(そろばん)捨てよ、人民となるぞ。「泥棒」と見るキが泥棒作るのぢゃ。「基の元のキの臣民、地(くに)の火憑くの神ぢゃ」と申してあろうがな。(光の巻 代三帖)

治(し)らす要らんぞ。牢屋(ろうや)要らんぞ。一家仲ようしたら要らんのぢゃ。国も同様ざぞ。「そんな事すれば、世の中メチャメチャぢゃ」と申すであろうが。「悪人が得する」と申すであろうが。「誰も働かん」と申すであらうから、「与える政治駄目ぢゃ」と申すであろう。人間の小知恵ぢゃ。そこに人間の算盤(そろばん)の狂うたところ基憑(きつ)かんか。上に経つ人、もっともっと大き心結構ぞ。算盤なしで梶(かじ)とらすぞ。の申す通りに進むのぢゃ。(光の巻 第四帖)

今迄は「も仏も同じぞ」と申してゐたが、⊙と仏は違ふのざぞ。十(かみ)の動くが卍ぞ、卍の動くが(右巻渦)ぞ、  の澄みきりがぞ。⊙と仏と臣民とは違うのぢゃぞ。十(かみ)の動くが卍(ほとけ)ぞ、卍(ほとけ)の動くが(右巻渦)ぞ。(右巻渦)の澄みきりが⊙ぞ。⊙と仏と臣民とは違うのぢゃぞ。(祀りの巻 第一帖)

邪払ふ」とは、邪無くする事ではないぞ。邪を正しく導く事ざぞ。追い払ふでないぞ、祀ろへよ。引き寄せて抱き参らせよ、取り違ひ生らん大切事ぞ。(祀りの巻 第五帖)

集団(まどひ)のアは神示ぢゃ。ヤとワとは左と右(みぎり)ぢゃ。教左(きょうさ)と教右(きょうう)ぢゃ。(霊や)と(霊わ)はその補(たすけ)ぢゃ。教左補と教右補ぢゃ。ヤの補(たすけ)は(霊わ)ぢゃ、ワの補(たすけ)は(霊や)ぢゃ。アヤ、ワ、(霊や)、(霊わ)が基ぢゃ。その下に七人(なにん)と七人(なにん)ぢゃ。正と福ぢゃ。その下に四十九人(しとくにん)ぢゃ、(祀りの巻 第十七帖)

口と心と行ひと三つ揃ふたら、今度は次に 入れて繰(く)れよ。「は神ぢゃ、神示(ふで)ぢゃ。神示基(ふでもと)ぢゃ」、と申してあろうが。三つ揃ふても貫神(かんじん)の神示(ふで)、腹に入って居らんと何にも成らん事になるぞ。(産めの巻 第八帖)

悪い事は陰口せずに親切に基憑(きつ)け合って仲良う結構ぞ。陰口代(よ)を穢(けが)し、己穢(おのれけが)すのざぞ。聞かん人民は時待ちて基憑(きつ)け繰れよ。縁有る人民、皆、親同胞(おやはらから)ざぞ。慢心取り違ひ疑ひが、個の道の大きな邪魔と成るぞ。くどい様なれど繰り返し基憑(きつ)けおくぞ。(産めの巻 第九帖)

肉体が個の代では大切であるから、肉体を傷付けたら苦しめたら、その守護神はそれだけのメグリ負うのざぞ。「たまたま」と申して肉体苦しめては成らんぞ。(産めの巻 第十帖)

何より身魂磨き結構。人気悪い所程メグリ有るのざぞ。(産めの巻 第ニ十四帖)

悪く言はれるとメグリ取って貰えるぞ、悪く言ふとメグリ作るのぢゃ。(吾火派の巻 第十七帖)

個の道開(ひら)けてくると敵(かたき)が段々と多くなって来るぞ。敵(かたき)結構ぞ、敵(かたき)尊べよ、敵(かたき)に親切せよ。いずれもの働きぞ、敵(かたき)も御役(おんやく)ぞ。敵(かたき)増えて来ると力出て来るぞ。(吾火派の巻 第ニ十ニ帖)

今迄は神様も分かれ別れで勝手にしてゐたのであるから、神様の申された言にも間違ひと成る事あったのぢゃ。今でも神様は嘘を申さんのであるが、和合無く放れ離れであったから、自分の目で届く俱流理(ぐるり)は自分の力の仲では誠であっても、広い世界へ出すと間違った事になってゐたのぢゃ。「神の御示しが違うた」と申して、その神様を悪く申すでないぞ。(梅の巻 第三帖)

<引用者からの一言>

う~ん、どう解釈すれば良いのでしょうか?現在の世の中の波乱状態の原因は、神様のご指示が間違っていたのが原因…? それなのに、神様を悪く申すな…? 人間もどきにできるのかな~? 無理、無理、無理…。でも、でも、でも、結果をとやかく言っても、しょうがありません。この結果の後始末をどうすれば良いのでしょうか?これでは、神社に行ってお参りをしても意味がありませんね。神様と一緒に考える?それしか解決できそうにもないですネ。神様と一緒に考えるには、どうすれば良いのでしょうか?取り敢えず、判りませんが、自問自答するのが一番良さそうです。頑張りましょう。でも、頑張るのも、ほどほどにしましょう…。

⑩人民ウソしては成らんぞ、己の行出来ておらんと、人の悪口言わな成らん事になるぞ、改めねば成らん。

神示語録集6ページ

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今度は悪を納にするのぢゃ「納にする」は、善で抱き参らす事ぢゃ。無くする事で無いぞ。個個の処が肝腎の処ぢゃから、よく心に染めて居りて下されよ。(海の巻 第七帖        

何処からともなく感じて来るもの尊べよ。(黄金の巻 第七帖)

外に有るもの、内に有るぞ。(黄金の巻 第八帖)

もう化けてはおられん、化けの代は澄んだのであるから、人民ウソしては成らんぞ。、見分ける鏡(かがみ)与えてあるぞ。早う皆神(かいしん)なされ。(黄金の巻 第十帖)

己の行出来ておらんと、人の悪口言わな成らん事になるぞ。己の心、日々余々、改めねば成らん。(黄金の巻 第十九帖)

「先ず金が無ければ」と申してゐるが、その心誠無いぞ。「キが基」とあれ程申しても、未だ判らんのか。(黄金の巻 第四十六帖)

「相談」と申せば人民ばかりで相談してゐるが、神との相談結構ぞ。神との相談は神示読む事じゃ。行き詰まったら神示(付出)に相談せよ。神示(付出)が教えて導いて繰れるぞ。“罪を憎んでその人を憎まず”とは悪のやり方。神のやり方はその罪をも憎まず。生活が豊かになって来るのが正しい道ぞ行き詰まったら間違った道、歩いてゐるのざ。我では行かん。学や金では行かん。「誠の智一つ」と申してあらう。(黄金の巻 第五十三帖)

悪心憑かりたなれば、「自分では偉い神様が移りてゐる」と信じ込むものぞ。可哀そうなれど、それも己の天狗からぞ。取り違ひからぞ。

早う皆神せよ。霊のオモチャに成ってゐる者、多い代の中、対象が誰だか判らん事に成るぞ。「先生」と申してやれば、皆先生になって御座る。困ったものぞ。「黄金の巻 第五十七帖」

自分に捉はれると局部の神有限の神しか判らんぞ。自分捨てると光差し入るぞ。(黄金の巻 第六十五帖)

省みると道見出し、悟ると道が判り、改むると道進む。苦しむばかりが能では無い。自分の中に在るから近寄って来るのであるぞ。厭な事起こって来るのは、厭な事が自分の中に在るからぢゃ。(黄金の巻 第六十六帖)

神の試練基憑けて繰れよ。どちらの国も見当取れん事になるぞ。腹立つのはメグリ有るからぞ。(黄金の巻 第八十ニ帖)

「これ」と信じたら任せ切れよ。損も良いぞ。病気も良いぞ。怪我も良いぞ。それによってメグリ取って戴くのぞ。メグリ無くなれば、仁翻(にほん)張れぞ。今がその借銭済ましぞ。世界のメグリ大きいぞ。(黄金の巻 第八十三帖)

そなたの心の中に居る獣、言向けねば成らん。善きに導かねば生らん。一生掛かっても良いぞ。それが天国に行くカギであるぞ。誠の皆神であるぞ。(黄金の巻 第八十六帖)

<引用者からの一言>

私が、病院で仕事をしていて、気付いた事があります。病気に患っている人を助けることは、正しくないのではないのかな、と思う事が度々ありました。

ヘビースモーカーの妊婦さん、五人も六人もお産をしている、生活保護受給者の妊婦さん、更に、高年齢で妊娠される方、心臓等に合併症を持っている方、ご自分の命を危険に犯してまでしてでも、お子様の御出産をご希望される方々、等々…。

我が夫が、ある日、心筋梗塞になりました。病院で冠状動脈にステントを入れたので、好きなタバコやビールを止めないで続けています。ステントを入れてから、五年以上経ちました。最近、また、調子が悪くなっています。

膝のインプラントを入れた方、五年以上経つと、調子が悪くなるそうです。

電気製品であっても五年間のメンテナンスは無料、五年以上経てば、有量です。ということは、五年以上は責任を持ちませんよ、壊れる可能性が高いよ、ということになるのではないのでしょうか?

癌の治療も、五年生存、五年間生存で治癒したと判断。五年以上経ったら再発の可能性が高いよ、と言っているようにしか聞こえません。

つまり、病気は病院では直せない、病気を直すのはご自分で治すしかないと思われます。

一時的に、病院で治ったかに見えますが、根本治療ではありませんので、それで治ったと思ってはいけません。根本治療は病院ではしてくれません。むしろ、病院が根本治療を悪化させてしまっていると思われます。

損も良いぞ。病気も良いぞ。怪我も良いぞ。とは、どういう意味なのでしょうか…。

メグリ…、心の中に居る獣を取って戴くチャンスと思われます。

一時的に病院で治してもらっても解決にはなりません。メグリが有る限り、どんどん災難が襲ってきます。逃げられないのです。己の行が大切になります。

先ずは、この神示を読みましょう。

今回から、引用部分のURLを御紹介しました。

⑪金もつと金の地獄、理屈持つと理屈の地獄、神に囚はれると神の地獄に落ちて苦しむ、持たねば成らんし、中

神語録集7ページ

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総てのものを先づ、感受せよ。その後に感謝せよ。(黄金の巻 八十八帖)

誰一人、悪いわがままの持たん人間無いぞ。そのを直して行くのが、皮剥(む)く事ぢゃ。皆神ぢゃ。弥栄生く個途ぢゃ。金もつと金の地獄に、理屈持つと理屈の地獄に、神に囚はれると神の地獄に落ちて苦しむぞ。持たねば成らんし、中々ぢゃなあ。先ず求めよ。求めねば生らん。先ず捨てて求めよ、求めて行ぜよ。(黄金の巻 第九十帖)

内に有るもの変へれば外から移るもの、響いて来るもの、変わって来るぞ。内が外へ、外が内へ響くのぢゃ。(黄金の巻 九十九帖)

日々の位乗(いの)りは行であるぞ。百年祈り続けても、祈りだけでは何も成らん。それは祈り地獄ぢゃ。

肉体人は肉体の行せねば成らん。日々の位乗り、結構位足(いた)して繰れよ。継ぎの位乗り(かえり)みる事ぞ。いくら祈り行じても、自分(かえり)みねば、千年行じても何も成らん道理ぢゃ。(黄金の巻 第百帖)

そなた達は父と母と二人から産まれ出たのか、さうではあるまいがな。三人から産まれ出てゐる事判(わか)るであろうがな。どの世界にも「一十(ひと)」が住んで居るのであるぞ。

の中にがあり、その中にまたが在り、限り無いのざ」と知らせてあろうが。そなた達の中にまた「霊人(ひと)」が居て、限りないのぢゃ。「個の火(ほう)、人民の仲に居る」と知らしてあろうがな。そなた達も八人十人の人に依って生きてゐるのぞ。また、十ニ人でも在るぞ。「守護神」と申すのはのそなた達の九十(こと)であるが、段々変わるのであるぞ。「自分と自分と和合せよ」と申すのは、八人、十人のそなた達が和合する九十ぞ。それを「皆神」と申すのざぞ。和合した姿を「」と申すのぢゃ。

今迄の宗教は肉体を「悪」と申し、心を「善」と申して肉体を疎かにしてゐたが、それが間違ひである事合点か。「一切が善いのぢゃ」と云う九十(こと)、合点が。地獄無い事合点か。「悪抱き参らせよ」と申してある九十、これで合点か。我 じゃなあ。各々の世界の人が、その世界の神であるぞ。個の代ではそなた達が神であるぞ。吾の代では、そなた達の心を肉体としての霊人が居るのであるぞ。それが「加身」と申してゐる者ぞ。吾の代の霊人を個の代から見ると「神」であるが、その上から見ると「人」であるぞ。吾の代の上の世では神の心を肉体として神が居ますのであって、限りないのであるぞ。裏から申せば神様は人間様ぢゃ。「心の守護神は肉体ぢゃ」と申してあらうがな。肉体が心を護ってゐるのであるが、「ぢゃ」と申して肉体が主人顔しては成らんぞ。どこまでも下に従ふのぢゃ。順乱すと悪となるぞ。生まれ赤子踏み越え、産まれ赤子に生って聞いて下されよ。そなた達の本尊は、八枚・十枚の衣着ているのぢゃ。「死」と云う九十は、その衣、上から脱ぐ九十ぢゃ。脱ぐと中から出て来て、また八枚・十枚の衣憑ける様に生って居るのぢゃ。判る様に申してゐるのぢゃぞ。取り違ひせん様にせよ。(支路兼ねの巻 第一帖)

自由は神から流れ出る」と申してあらう。他の世界と交流するは、他の世界に住む人間を通じてするのであるぞ。「世界」とは「人間」の九十でも在るぞ。(支路兼ねの巻 第5帖)

<引用者からの一言>

心は毎日、ころころと変わります。心の変化の激しい人とのお付き合いは、気苦労が多いものです。特に、上司です。子供にとっては両親かな?就職するようになると、先輩や上司とのお付き合いには気苦労が多いものです。本日の御機嫌はどうかな?毎朝、察して、自分の行動を決めています。つまり、今日は静かにしておこうかな、とか…。御機嫌の変化の激しい方とのおつきあいは難しいですネ。

守護神が心、自分の十ニ人の守護神と九十(こと)にあたる、十ニ人の守護神がきちんと和合していなければ、九十(こと)に当たる事が困難になる、と、そのように、この意味を捕えました。

自分の心をコントロールすることが大切であるという理由が判った様な気がします。毎日が、自分の守護神と心を合わせて、九十に当たりましょう。

達磨は、坐禅のしすぎですね。坐禅のし過ぎで足が腐って、歩けなくなったと言われています。肉体を疎かにしたからですね。御釈迦様も修業で死にそうになった身体を、スジャータと言う女性からミルクを頂いて、助かったようです。ダライラマが太っているお坊さんたちに向かって、肉体行を勧めたとか…。どちらかに偏ってもいけないようですね。

今の日本国民は、肉体行のし過ぎですね。身体が疲れ切っているように思われます。疲れていないのは、お上に居る方と、定年後の我々かな? 毎日、ぶらぶらしています。余程、自分で自分をコントロールしていないと、頭も身体も、どんどん劣化しそうです。若い人からみたら、贅沢な悩みですね。かといって、若い頃の自分には、もう、戻りたくはありませんが…。

肉体の疲れが癒やされると、心が軽くなります。リンパマッサージは、リンパ管のヘドロを流します。煙突掃除をすれば、暖炉の薪が燃えやすくなりますよね。それと同じようにリンパマッサージをすると、身体が燃えやすくなります。そして、身体がポカポカと暖かくなります。肉体が蘇ります。病気は汚れです。汚れ、穢れの衣を脱ぎ棄てましょう。そうすれば、身体が自由になって、神が流れるように思われます。

「悪抱き参らせよ」の意味は、どうしても理解ができませんが、リンパマッサージに固執、肉体が主人顔しては成らんぞ、と云う意味にも聞こえます。世界と人間との兼ね合い、難しいですネ。<2014.9.25>

⑫親の心判ワカったら、手伝ひせねば生らん。「何時までも小便かけてゐては成らんぞ。人間は罪の子で無いぞ

神示語録集8ページ

http://hifumifude.digi2.jp/fude/fudegoroku.pdf

人間は皆、神憑かってゐるのであるぞ。神憑かってゐない者、只一人も居らんのぢゃ。神憑からん者は呼吸せんのじゃ。個の事判りておらうがな。霊人は人間の心の中に住んでゐるのであるぞ。心を肉体として住んでゐるのぢゃ。その中にまた住んでゐるのぢゃ。平たう説いて聞かしてゐるのぢゃ。霊人と和合してゐるから、神憑かりであるからこそ、三千世界に働き栄えるのぢゃぞ。神界の九十コトも判る道理ぢゃ。人間の言ふ「神憑かり」とは、幽界の神憑かりぢゃ。ろくな事ないのぢゃ。神憑かりにも、神憑かりと判らん神憑かり結構ぢゃなあ。「誠ぢゃなあ」と知らしてあるのに未だ判らんのか。(支路兼ねの巻 六帖)

天国の形・写しが奥山ぞ。(支路兼ねの巻 八帖)

学出すから行き詰まるのぞ。「生まれ赤子」と申すのは、学も出さん水晶の事ぞ。練り直して澄んだ水晶、結構。親の心判ワカったら、手伝ひせねば生らん。「云われ先にするものぢゃ」と申してあらうが。何時までも小便かけてゐては成らんぞ。人間は罪の子で無いぞ。喜びの子ぞ。神の子ぞ。神の子なればこそ、悔い改めねば成らんぞ。(支路兼ねの巻 十一帖)

任せ切らねば誠の安心・立命、無いぞ。任せ切るには任せ切って安心出来る神を掴ツカまねば成らん。お陰信心や病気治しの神では任せ切れまいがな。早う合点結構ぞ。大きな命(位の智)に通ずる者には死(私)な無いぞ。通じなければ死有るぞ。

神は人間の位の智、人間は神の入れ者である。(支路兼ねの巻 ニ十一帖)

今の人民の「迷信と思ふもの」の中に正信有るぞ。「正信と思ふもの」の中に、迷信多いぞ。理解は正信。神の基通カヨうたら、その基を人間に移す御役、救ひの御役を結構に勤め上げて繰れよ。自分の自由に成らん事は、大きな自分が自由にしてゐるのであるぞ。神と成れば、神人と成れば、何事も心のまま。「神」とは「火身」、「大神」とは「一十ヒト」の事。(支路兼ねの巻 ニ十三帖)

神は人間の想念の中に入ってゐるのぢゃ。想念が一致するから、神の想念が人間に伝はるのそ。人間の言葉と成って、人間に現はれる。言は神であるが、人間でも有るぞ。自分が自分に語るのであるぞ。

恨みの霊は、中々に解けんぞ。「思ひは働き、実在」と申してあらうが。間違ひでもまれると、恨みが纏マトい憑くぞ。心して神を求め、心して幽界からの気、経タちて下されよ。「判った」と思うたら天狗ぞ。省みると善く成る仕組み。(供路兼ねの巻 ニ十七帖)

死後の生活知らず事は善いなれど、それのみによって、「皆神せよ」と迫るのは悪のやり方。奇跡を見せ、病気を治ほしてやるのも善いのぢゃが、それのみによって皆神を迫っては成らん。それのみで道を説いては成らんぞ。そんな事位で誠のホッコンの皆神が出来るならば、人間の遠の昔に皆神して御座るぞ。(供路兼ねの巻 三十帖)

<引用者からの一言>

人間は罪の子ではない、喜びの子…、神の子…。私はこの言葉を聞いて、涙が出てきました。私の心が救われた気持ちにもなりました。ソッカー、人間は神の子供なのであり、神に護られているのであると…。

世間には霊能者と呼ばれて居られる方が沢山おられます。そして、御商売されて居られる方も沢山おられます。スピリチャル系のセミナーに行くと、霊能者と称する方に合うことができます。その様な方は、必ず、腕や首に水晶等をジャラジャラと沢山、身に付けておられます。そこで、水晶にはどんな力があるのかが知りたくなりました。浄化…。それが私の気を惹きつけました。ソッカー、心の掃除なのか~。でも、それを身につけなければ掃除が出来ないのかな? それもおかしいと思われました。そこで、水晶について調べて見ようと思って、水晶の辞典をアマゾンで購入してみました。英語版の辞書を(日本語版は少ないのです)、読めないけれども、三冊も購入してしまいました。水晶の写真を見ているだけでも素敵ですネ。凄いですネ、それぞれの水晶に、それぞれのパワーが、沢山、書かれていました。水晶のパワーでも、あらゆる病気が治るのです。これをマスターするには、どれだけの費用と時間が費やされるのでしょうか? 諦めました。リンパマッサージでも、心の癒し、身体の癒やしが充分にできると、私は思います。

最近、自分で電話をして、自転車で、うつ病の方が、独りで、我が家のサロンに来られました。5回目です。初回は、表情が殆ど無く、お母さんが言うには、殆ど一日中、寝てばかりいるとのことでした。私がリンパマッサージをすると、全身のどこもかしこも硬くて、更に冷えていました。来られるのは、一ヶ月に一度で充分ですよ、と私が、説明していましたので、一ヶ月毎に、お母さんが車で連れて来られました。来る毎に、表情が少しずつ柔らかくなり、なんと、5回目には、自分で電話をかけて、自分で予約をして、電車とバスで来ようと、道順を尋ねたのです。私は、その人であると判らなかったので、普通に説明をしました。自転車で来ることになりましたが、独りで来ることができたのです。私の方がビックリしてしまいました。我が家のリンパサロンでは、5回目のサービスに、足のリフレ、又は顔のマッサージをします。その方は顔のマッサージをされました。すごく素敵な表情になりました。水晶よりもパワーがありますネ。でも…、マッサージの効果は15%なのだそうです。あとの75%は本人…、本人の身体は100%神様が作られています。本人が自分の身体を信じて、自分の身体に思いやりを持つ…。自分の身体に感謝…、自分の身体を作ってくれた神様に感謝…。マッサージをしていると、身体の精巧な作りに感心してしまいす。身体が癒やされていくと、心が変わります。心に病気を抱えている方にもリンパマッサージの効果がある事を体験しました。

それから、瞑想ですが、私も瞑想を、トイレであろうと、日常心がけているのですが、瞑想の目的が、心を落ち着かせて、閃きが出ると思っていましたが、それが目的ではなく、神様の心がわかることであると、おっしゃっている斎藤一人先生のユーチューブを聞いて、なるほど、と感じましたので、紹介させてください。8分頃からお話をされています。<
2014.10.6>
 

https://www.youtube.com/watch?v=2QqMwQGe2oQ

 

⑬裸になって祓加連よ。神様も裸になってそなたを抱いて下さるぞよ。信じ切るからこそ飛躍するのぢゃぞ。

神示語録集9ページ

http://hifumifude.digi2.jp/fude/fudegoroku.pdf

 

中の自分と外の自分と和せよ。それが皆神の第一歩。聞かせて聞くならば、実地は型のカタ位で済むなれど、入ると邪気沸く。邪気沸くと邪霊集まるぞ。肉体人ニクタイジンに神は直接判らんものぞ。神は働き、神の働きの陰しか判らんものぞ。「神の姿、見た」と申すのは、神の姿のを自分の心に描き出したまでで有るぞ。心に判っても、何事もトガむで無いぞ。トガむ心、天狗ぞ。神の前にヘリクダり、っても尚「過ぎる」と言ふ事無いのぢゃ。人間は色とりどり、それぞれの考へ方を自由に与えて有るのざから、無理にひっぱたり教えたりするで無いぞ。今在るもの、今生きてゐるものは、例え「極悪ざ」と見えてもそれは許されてゐるので有るから、在るのであるぞ。他を排すで無いぞ(供路兼ねの巻 第三十一帖)

人民には分別与えてあるから反省出来るのであるぞ。反省あるから進展するのであるぞ。放っておいても要らんものは無くなり、要るものは栄へるのであるが、人民の努力によっては、より良くなるのぢゃ。「みねば生れた時より悪くなる」と申してあろうが。浄化して喜びとせよ。喜び何からでも生れるぞ。

物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入るから無限の生命が与えられるのぢゃ。無限の喜び得る事出来るのぢゃ。「無限世界」とは物と霊との大調和した限りなき、光の世界ぞ。真理を知る事が、無限を得る事。誠の神つかむ事ぞ。良いもの憑くるには大き手数かかるのぢゃ。悟りの時、与えられるのぢゃ。ものは、離すからこそ掴ツカめるのぢゃ。

着物脱いで裸体と成ること辛いであろうなれど、脱がねば新しい着物着られんぞ。になって祓加連ブツカレよ。神様も裸ハダカになってそなたを抱いて下さるぞよ。(春の巻 第十帖)

内の自分は神であるが、外の自分は先祖であるぞ。祖先疎かにするでないぞ。先祖祀る事は自分を祀る事ぞ。「外の自分」と申しても肉体ばかりでないぞ。肉体霊も外の自分であるぞ。信じ切るからこそ飛躍するのぢゃぞ。不信に進歩弥栄ないぞ。肉体霊も外の自分であるぞ。任せ切るからこそ神と成るのぢゃ。神に通づるのぢゃ。他力で自力であるぞ。真剣なければ百年たっても同じ所迂代迂代ウヨウヨぢゃ。一歩も進まん。進まん事送れている事ぞ。「真剣なれば失敗しても良い」と申してあろうが。省カエリミる事によって更に数倍する事が得られるのであるぞ。いい加減が一旦成功しても土台無いから謳片ウタカタぢゃ。(春の巻 第十一帖)

<引用者からの一言>

スピリチャル系のセミナーに行くと、「捨てなさい」と先ず、言われます。その言葉に、私はどうしても拒否反応を感じてしまいます。両親の苦労、貧しいながらも、一生懸命に私を育ててくれた姿…。60年前は誰もが貧しい生活をしていました。その苦労を「捨てろ」など、それこそ、御先祖様に申し訳がありません。更に、私の今迄の苦労、夫と共働きをしながら、三人の子供を、なんとか育てあげました。「捨てろ」と言われても、捨てることなど、どうしてもできません。

「捨てる」ではなく、余分な物を、取り敢えず、脇に置いておいて、身軽になる…、これでも。誤魔化されている感じで、私には、納得ができません。

「離す」離すからこそ掴ツカめる…、やっと、納得ができるかな…?。

我が家の夫の会話が、最近、昔の出来事が多くなってきました。自分の幼い頃の物語、仕事の物語、こうだった、ああだった…、等…。

我が家の夫はパソコンができません。スマホを持っていてもメールができません。ネットも見ません。夫がスマホで出来る事は、電話と散歩の歩数の記録とゲーム…。私が、パソコンを教えようとしても、面倒がって、やろうとしません。テレビやラジオだけで満足をしています。

夫の生活の質を進展させるには、どうすれば良いのでしょうか?

スマホが身近にあると、ネットを見るのではないのかなと思っていましたが、見る気がないので、見ません。電話の機能があれば十分だと思っているらしく、メールでさえ、私が教えても、覚えてくれません。しかし、散歩友達から、スマホを使って散歩記録が出来る事を知り、その機能を真剣に覚えて、使っています。

スポーツは強さを競うのではなく、心を鍛える…。勝ちにこだわっていると、欲、邪気がでますね。欲、邪気が病気を作ります。今までの時代は力の競争でした。力のある方が勝利していました。しかし、これからの世の中を進展させるには、力の世界が限界にきています。私達は頭をきりかえなければいけないようです。

新しい事をするには、先ず、今までの古い考え方、古い習慣、古い生活を手離すことですね。その為には、どんどん外に出ていかないとわかりませんネ。物を与えても、本人の心が必要と思わなければ、教えても無理ですネ。そこが難しいです。

着物脱いで裸体と成ること辛いであろうなれど、脱がねば新しい着物着られんぞ。になって祓加連ブツカレよ。神様も裸ハダカになってそなたを抱いて下さるぞよ。

この言葉の意味する所が、要のように思われますが、大変化の時代を、乗り越えるには、真剣になる…。それしかないように思われます。
<2014.10.7>

⑭無くて七癖、七七四十九癖、悪い癖直して下されよ。天国へ行く鍵ぞ、自分の中の獣の為、直さねばならん

神示語録集910ページ

http://hifumifude.digi2.jp/fude/fudegoroku.pdf

 

無くて七、七七四十九、悪い直して下されよ。天国へ行く鍵ぞ。直せば直しただけ外へ響くものが変わって来るぞ。良くなって来るぞ。変わって来れば、外から来るもの、自分に来るもの、変わってくるぞ。良くなって来るぞ。幸となるぞ。喜び充ち満つぞ。神充ち満ちて天国ぢゃ。

一歩づつ進め。一歩づつ絶えず進めよ。それより外に道は無いのぢゃ。(春の巻 第十二帖)

「自分は良いが、世の中が悪いのぢゃ」と申しているが、その自分省みよ。自分が神の道にあり、真実であるならば、余の仲は悪くないぞ。輝いているぞ。「自分にふりかかって来る一切のもの」は「最善のもの」と思へ。如何なる悪い事もそれは最善のものであるぞ。個の道理良く弁ワキマへて下されよ。真の神を理解すれば、一切の幸福得られるのぢゃ。代を呪ふ事は自分を呪ふ事、世間や他人を恨む事は自分を恨む事。個の事悟れば一切はそこから拓ヒラけて繰るぞ。十のもの受けるには十の努力。(春の巻 第十三帖)

「貴方任せ、良い妻」と申してあろうが。神任せが良い人民であるぞ。「個の神」と認めたら理解して、任せ切れよ。大基の神様に惚れ参らせよ。真の信仰の第一歩ぞ。

何か迫り来るのは、何か迫りくるものが自分の中にあるからぞ。内にあるから外から迫るのぢゃ。自分で呼び寄せているのぢゃ。苦しみの神、因果の神呼んでおいて、過不足申している者多いのう。自分で呼びよせながら嫌がってはね返す手あるまいにのう。同じものでも表と裏からとでは違ふのぢゃ。同じ目で見ても、違って映るのぢゃ。(春の巻 第十六帖)

人民無くて、個の代の仕事出来ん。人民は道具(胴供)ぢゃ。神は心ぢゃ。

その人民に廻メグり無くしても、廻り負ふ事、有るぞ。人類の廻りは、人類の誰かが負はねば成らん。一家のメグリは一家の誰かが負はねば成らん。果たさねば成らん。善人が苦しむ一つの原因であるぞ。神の大きな恵みであり試練であるぞ。(春の巻 第ニ十四帖)

「神に任せ切る」と申しても、それは自分で最善をつくして後のことぢゃ。努力無しに任せるのは悪任せぢゃ。

むやみに腹が立ったり、悲しくなったり、悔しくなったりするのは、未だメグリあるからぢゃ。メグリの霊界との引念インネンが切れて居らぬからぢゃ。(春の巻 第ニ十六帖)

信念超えて、自分より上のものに任せきったのが理解であるぞ。信念だけでは何事も出来ん。確信は理解からぞ。(春の巻 第ニ十七帖)

人間も、生まれ変わっても死に変わっても、中々に悪い癖は直らんもんぢゃぞ。それを少しづつ直しでかからねば成らん。努力次第で漸次ゼンジ直るのぢゃぞ。(春の巻 第三十ニ帖)

 自分の中のケダモノの為、直しにかからねば成らん。悪い癖、直さねば成らん。これが第一歩、土台ぢゃぞよ。

善き事は、人にゆづりて人を誉め、霊人ヒト経タてるこそ、人の火となる。(春の巻 第三十五帖)

身に憑かん者、身に憑かん行は、いくらしても何にも成らん。「要らん苦労は要らん」と申してあろう。風呂には時々入るが、魂の風呂(付路)に活イく人、少ないぞ。より高い聖所へ参りて魂の垢落とせよ。神示フデ読んで落として下されよ。(春の巻 第五十帖)

<引用者からの一言>

自分の癖、自分の癖によって、いつも、仕事や家庭での失敗ばかり…。癖は御先祖様から引き継いでいます。そう、簡単には直りません。私の両親や祖父母の性格が、私の心にへばりついています。それが、年齢と共にはっきりと自覚ができてきます。両親も、自分の癖で苦労していた情景が目に浮かんで来ます。両親のようにはなるまいと思って生活をしていても、自然にその性格が頭を持ち上げて来ています。それを直すには、日々の努力しかありません。

斎藤一人先生がおっしゃっていました。今の時代は平和なので、努力無しでも、楽に生活ができます。だから、自分の癖を直すチャンスが少ないそうです。これからは、社会がどんどん変化してくるので、楽な生活のままでいると、自分の生活が、どんどん苦しくなって来るようなことを、おっしゃっていました。“何もしない”と言う事は自分の癖を治さないのと同じ事なそうです。一ニ三神示と同じ事を言っています。

私は、自分の性格が嫌いなので、なんとかしようと思って、自己啓発の本を読み、色々なセミナーにいきましたが、これといって、自分の性格が一気に変わるような変化がおこりませんでした。今度こそ、このセミナーこそ、自分を変えてくれるのでは、と、期待して行っても、いつもガッカリして帰ってきます。その度に、受けなければ良かったと反省ばかりです。自分を変えるには、「一歩づつ進め、一歩づつ絶えず進めよ、それより外に道は無いのぢゃ」「努力無しに任せるのは悪任せぢゃ」、「中々に悪い癖は直らんもんぢゃぞ。それを少しづつ直しでかからねば成らん。努力次第で漸次直るのぢゃぞ。」の意味が心に沁みてきます。今は、自己啓発の本を読む事も、セミナーを受ける事も止めました。その代わり、自分を信じて、自分の神様を信じて、一歩一歩、進む努力に変えています。<2014.10.13>

⑮自分をより良く成長、一段と上に昇る、自分が平面から立体に成るのであるぞ、個の道理判るであろうがな

神示語録集1011ページ

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「生む」と申す事は、自分をより良く成長さすこと。一つ生めば自分は一段と上に昇る。個の道理判るであろうがな。産む事によって、自分が平面から立体に成るのであるぞ。毎日、一生懸命に掃除してゐても、何処かに埃残るもんぢゃ。まして掃除せん心に埃積もってゐる事位、誰にでも判ってゐるであろうが。神示で掃除せよ。大病にかかると借金してでも名医にかかるのに、霊的大病は知らん顔で良いのか。信仰を得て霊的に病気を治すのは、一瞬には治らんぞ。「奇跡的に治る」と見るのは間違ひ、迷信ぞ。時間も要る。物も金も要る。大きな努力要るのであるぞ。取り違ひ多いのう。(夏の巻 第9帖)

<引用者からの一言>

先日、さいたま市記念総合体育館での大相撲の秋巡業を楽しんで来ました。私は、相撲はあまり好きではありませんでしたが、相撲は好き嫌いを乗り越えた存在であると気付きました。何故、相撲が、日本の国に、古来から存在するのであろうか…、の謎が解けたような気がしました。神社の儀式がそのまま、反映されていたのです。まわしの飾り、前座の作法が神社の儀式と似ていたのです。手を合わせて擦るしぐさは、手を清めている姿。両手を上に上げて降ろす…、一つ一つの行が、神様に向かうときの作法であったのです。それに気付きました。この作法によって、身を清め、相手と試合をするのです。単に、強い弱いだけを、競っているのではなかったのです。ここまで、前座の長い儀式が、他のスポーツにあるでしょうか?柔道の心がオリンピックによって、崩れてしまったとも聞きます。剣道、合気道を少し、私もかじっていますが、やっていると、厳粛な気持ちになってくるのが不思議です。

日本には聖書のような書物はありませんが、私達の心の中に、このように武道の儀式やお祭りの中に、存在していますネ。書物は書き変えられたりして、真実が伝わりにくいですが、このような形で残す事は、未来の人々に伝わるように思われました。しかし、やはり、言葉でないと判らない人民が多いのう…、このままではいけないと神様は思われたのでしょうか…、神様が直接、一ニ三神示を幾度も幾度も、神と通じることが出来る方に、直接、降ろされたのだと思われます。しかし、その度に受け取った方が天狗になってしまって、間違った形で、新興宗教の様に…。

これが最後、これが最後、これが地球の最後かもしれませんネ。キリストも御釈迦様も、マホメットも失敗されたようです。日本の神様は成功されるでしょうか?

私達の心の腐り具合(霊的大病)であると思われます。何処まで私達の心が腐って居るのか?傷は直りますが、腐ってしまえば、臭います。悪臭は、回りが迷惑します。悪臭の基にならないように、やはり、お掃除…、常に私達の心を清める、心の修業が大切ですネ。一瞬で治る、3分で治す、一瞬で治るは嘘ですね。迷信ですネ。治るには、本人の魂が宇宙と一体になった時だけですので、そう簡単に言えないと思われます。<2014.10.14>

⑯悪い癖直さねば、何時まで経っても自分に迫ってくるもの変わらんぞ、横には社会の気を、縦には神の気を

神示語録集11ページ 

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悪い癖直さねば、何時まで経っても自分に迫ってくるもの変わらんぞ。「お陰ない」と不足申してゐるが、悪い癖、悪い内分を変えねば百年祈り続けてもお陰無いぞよ。(夏の巻 第十帖)

「気が基」と申してあろうがな。人民は総てのものの気頂イタダいて、成長してゐるのであるぞ。気頂けよ。には社会の気を、には神の気を、悪い気を吐き出せよ。良い気

養って行けよ。見分ける鏡、与えてあるではないか。道判らねば、人に聞くであろうが、判らんのに判った顔して歩き廻ってゐては生らん。人に尋ねよ。“これ”と信ずる霊人ヒトに尋ねよ。天地に尋ねよ。神示フデ(付出)に尋ねよ。(夏の巻 第十ニ帖)

憑操り主と憑くられる者とでは無限に離れて活くのぢゃ。「和」無いぞ。和の無いところ、添国テンゴク無いぞ。こんな判りきったこと、何故に判らんのぢゃ。「私利シリの気ケまで抜かれてゐる」と申してあろう。早う目覚めよ。悪の道、教えにまだ迷うて御座るが、早う目覚めんと間に合はんぞ。(夏の巻 第ニ十ニ帖)

<引用者からの一言>

子育てには、親の愛情が必要です。しかし、厚労省の塩崎大臣が記者会見で「『すべての女性が輝く社会づくり本部』、第1回目の会合があり政策のパッケージが取りまとめられました」とおっしゃられておられました。これだけでは、の神の気、が疎かになってしまいます。

現在の社会の乱れは、の神の気を疎かにしているからである、と私は考えます。つまり、母親が仕事を持つ事により、仕事に追われて、の神の気を疎かにしてしまっているからであると思われます。

私が子育てをしていた頃には、我が夫の会社では、運動会や盆踊りが毎年ありました。その頃には、子供達を連れて行って、おみやげをもらって、良い思い出になりました。しかし、世の中が不景気になるつれて、それが、無くなりました。夫の会社だけではありません。沢山の会社がお祭りを止めてしまいました。地域の公園の運動会も無くなってしまいました。遺産相続で、その公園が売られてしまったからです。そこには、今では、住宅が建っています。国の政策が不景気を起こしてしまって、どんどんとお祭りが姿を消してしまいました。

離婚も多いですネ。自殺も多いですネ。自殺未遂を入れれば、何百万という数になるそうです。戦争で亡くなった数にも匹敵するそうです。日本には戦争も、テロも縁がないように思われますが、それ以上の深刻な状態であると思われます。なにしろ、相手が視えないのですから…。この意味する所は、の神の気であると思われます。国の政策がの社会の気しか見ていないからです。国が、もう少し、の神の気を見る目が欲しいものです。民間では地域の復活を考えて、色々、活動をされていると思われます。私も人材バンクや公民館活動をしていますが、なかなか人が集まってくれません。その理由が、やはり、仕事を持っている方は忙しいのです。老人は来てくれますが、若いお母さん方は、なかなかきてくれません。

最近、小学校と中学校の家庭学級の講座にお呼ばれして、リンパの講義をしてきました。人を集めるのに苦労をしていました。しかし、学校の教育委員会のスケジュールでもあり、委員の方は頑張って人集めをしてくれました。地域が頑張っていますね。その地域の頑張りに水を指しているのが、国の政策のように思われますが…。すこしでも、私達が地域の活動に参加して、地域の活動を応援することが大切であるように思われます。<2014.10.15>

⑰「祈り」と申すのは心のゐのり願ふ事でないぞ、地上人は物としての行動をしなければ成らんぞ、

神示語録集11ページ

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が根本、が喜びぞ。すには神に通じてすのであるぞ。神通さずに、神を無くして通づるのが悪和合。神から分かれたのであるから神に還って、神の心に戻ってせねば成らん道理。神無くして無いぞ。「世界平」と申してゐるが、神に還って、神に通じねば平無く、喜び無いぞ。(秋の巻 第ニ十一帖)

もし行き詰まったら省みよ。行き詰まった時は大きく開ける時ぢゃ。「ぢゃ」と申して人心ヒトゴコロで急ぐでないぞ。急ぐと道が見えなくなってくるぞ。そなたの考へて御座る事は自己中心ではないか。我善しの小さい我善しでは生らん。大きな我善し結構ぞ。「犠牲になる事」を「尊い事ぢゃ」と申してゐるが、犠牲に倒れては生らん。己を生かす為に他を殺すのもいかん。己殺して他を生かすのもいかん。「大の虫を生かす為、小の虫を殺す事はやむを得ん事ぢゃ」と申したり、教えたりしてゐるが、それも成らんぞ。総てを殺さず皆が栄える道があるではないか。何故に神示フデ読まぬのぢゃ。(結構の巻 第三十三帖)

そなたは未だがあるぞ。を、小さい自分ばかりのを捨てなされ。そして誠の大深欲になりなされよ。(結構の巻 第三十五帖)

そなたは祈りが足らんぞ。「祈り」と申すのは心のゐのり願ふ事でないぞ。実行せねばならん。地上人は物としての行動をしなければ成らんぞ。「口と心と行いと三つ揃はねば」と申してあること、忘れたか(結構の巻 第四十四帖)

口先ばかりで良い事申すと悪く生るのぢゃ。心と行ひが伴わねば生らん。

そなたの持つ悪いを治してくだされよ。その治すことが御神行ぞ。「自分で世界を経て直す」様な大きなこと申して御座るが、そなたのを治す事が最も大切な御用でないか。これに基が憑かねば落第ぞ。(結構の巻 第五十ニ帖)

<引用者からの一言>

勘違いをされてしまう時が、往々にしてあります。私は口下手なので、黙って居ることが多かったのですが、どうしても堪忍袋の緒が切れてしまって、ある日から、方向転換して、戦うことに決めました。その結果、以前以上に、悪い方向になってしまう事が多くなりました。

世の中を上手に渡るには、どうすれば良いのか、誰もが四苦八苦しています。口上手な方であっても、上司であろうと、仕事の責任が重ければ重いほど、それ相応に苦労しているのです。余計な苦労をしないで済む方法は、人間が丸くなる事かなと、思って、自分磨きをすることにしました。社会で成功されている方は、一筋縄ではいかない苦労をされています。その方々の御著書やお話には迫力がありますね。直ぐに、真似をする事はできません。そこで、毎日、祈ることからしてみました。その祈りは、我欲が多くありましたので、一向に変わりません。その内に止めてしまいました。諦めました。しかし、少し、自分の言葉を変えてみました。欠点や悪口を言わないように心掛けて見ることにしました。それに気をつけるようにしていたら、周囲に居る方の言葉が、なんと、欠点の指摘や悪口ばかりなのです。ツイッタ―を読んでも、ブログを読んでも、毎日、欠点と悪口ばかりです。それに気付きました。これでは世の中が悪くなる一方だと思われます。しかし、会議録を読んでみると、さすが、智慧者が集まっていますネ。只の欠点や悪口だけにとどまってはいません。非常に勉強に成る事が多いです。これを、世の人々が読まないでいるのは、もったいない気がしました。そこで、毎朝、四苦八苦しながら、抜粋しています。この神示も沢山あり過ぎますが、急がずに自分のペースで努力しようと思っています。<2014.10.16>

 

⑱霊覚者や行者、奇跡的な事や非常識な行動をする者、だまかされる事がよくあるぞ、何れも下級霊の仕業で

神示語録集12ページ

http://hifumifude.digi2.jp/fude/fudegoroku.pdf

そなたは「忙しい忙しい、神示フデ読む間もない」と申してゐるが、忙しいのは神の恵みであるぞ。よどんだ水は腐るのぢゃ。忙しい仲にこそ、神示読むと気があるのぢゃ。(結構の巻 第五十九帖)

気の合う者のみで和して御座るなれど、それでは「にならん」と知らしてあろうがな。今度は会わん者と合わせるのぢゃ。岩戸が開けたから、逆様サカサマの者が出て来てゐるのぢゃ。個の行、仲々であるなれど、これが出来ねば岩戸は拓けんのぢゃ。誠の神さえ魔神の罠にかかって御座るのじゃ。

自分自身に騙されてゐる人民も多いのであるが、ついて御座れよ。少しは苦しき行もあるなれど、見事な事を致して御目にかけるぞ。自分でもびっくりぢゃ。初めからの神示、よく読んで下されよ。霊かかり宜ヨロしくないぞ、「止めて下され」と申してあろう(五緒魂の巻 第ニ帖)

そなたは自分の力を人に見せようとしてゐるが、無邪気なものぢゃのう。自分の力が隠せぬ用では、頭に立つ事出来んぞ(結構の巻 第六帖)

「生命イノチの」・「生命イノチの」を、間違えて下さるなよ。「」とは「」であるぞ。「」とは「」に例えてあるを、そのままに取るから囚われた迷信となるのぢゃ。(五緒魂の巻 第三帖)

霊覚者や行者の中には、奇跡的な事や非常識な行動をする者がよくあるぞ。一般の人民はそれにだまかされる事がよくあるぞ。何れも下級霊の仕業であるぞ。正神には奇跡無い奇跡無い事が大きな奇跡であるぞ。奇跡する者は亡びる。高級霊は態度が立派であるぞ、判りたか。(龍音の巻 第十八帖)

我が身を捨てて、三千世界に生きて下されよ。「我が身を捨てる」と申す事、学を捨てる事ぢゃ。捨てる(素てる)と真理が掴ツカめて、大層な御用が出来るのであるぞ。(基和芽の巻 第三帖)

口先ばかりで、その場限りで上手い事申して御座るが、それは悪の華。心と行ひが伴わんからぢゃ。

そなたの持つ悪い癖を直してくだされよ。それが御神業ぢゃ。神々様も自分の癖を直す為に、御苦労なさってゐるぞ。その為に生長する。昨日の自分であっては成らんぞ。(基和芽の巻 第十ニ帖)

<引用者からの一言>

殆どの身体の病気の原因が気・血・水(リンパ液)の流れの滞りです。それでは、人間社会の病気の原因、社会が腐る原因は何でしょうか?お金でしょうか?お金の無い時代はどうだったのでしょうか?お金が無い時代であっても争いが有りましたので、お金が原因であるとも思えません。お金の無い時代であっても、争いがあったのですから、争いは、お金では解決ができないということになりますね。新たな方法で価値を決める…、それが必要なのでしょうね。

私のホームページには、海外からのアクセス数もみることができます。それをみてみると、US、ドイツ、ウクライナ、オーストラリア、中国、ロシアの順になっています。つまり、それらの国々の人々が、今、日本に興味を持っているということなのでしょうか?そこで、どうして、ウクライナの国の人々のアクセス数が多いのか、不思議でした。色々と、ユーチューブを見ていたら、元、ウクライナの大使館と言う方が、おっしゃっていました。ウクライナの小学校では、国語の教科書には、日本の松尾芭蕉の詞がゲーテの詩等の、西洋の歌人よりも、多くのページを割いて紹介されているとおっしゃっていました。そして、物質社会と、精神社会が、上手く調和しているのが、日本の国である、と紹介されているそうです。そこで、納得ができました。そうなのです。その日本の国が、資本主義社会の中で、消化不良を起こしているのです。消化不良を起こした方々が、今、精神の病気で、苦しんでいるのです。日本が資本主社会に於いても、精神の病気をクリアができれば、解決方法が見えてくるような気がしています。精神疾患の方々を、どのように解決をしたら良いのか、その方法が鍵であるように思われます。それが三千世界で生きる事でもあり、生長、昨日の自分であってはならない、三位一体、口と心と行いが大事であるように思われます。<2014.10.17

⑲神道も仏教もキリスト教も九分九厘で倫止まりぞ。終わりは完出来ん、助かるには助かるだけの用意が必要

神示語録集12ページ

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太陽は十の星を従へるぞ。原子も同様であるぞ。物質が変わるのであるぞ。人民の学問や智では判らん事であるから、早う皆神カイシン第一ぞ。「ニニフフ」と申すのは吾真手等素アマテラス大神殿の十種の神宝 を入れる事であるぞ。これが火倫の仕組みニニフフと成るであろう。これが付治の仕組み七から八ら成り成りてとなる仕組み、成り成り余る、生る途の仕組み。「付治と生る途仕組み、愈々ヒヨヒヨぞ。これが判りたならば、どんな人民も腰を抜かすぞ。一方的に一神でものを生む事出来るのであるが、それでは終わりは完マットう出来ん。九分九厘で倫止まりぞ。神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな。「卍ブツも十キリストもすっかり助ける」と申してあろうがな。助かるには助かるだけの用意が必要ぞ用意はよいか。個の事、大切ごと。基憑けておくぞ。成り成りてと拓ヒラき、ニ十ニと生るぞ。付治張フジハれるぞ。大真理、代に出るぞ新しき太陽が生まれるのであるぞ。(四音の巻十六帖)

<引用者からの一言>

以上で、神示語録集は、終了です。腰を抜かすとは、どんな事がおこるのでしょうか?恐らく、私が考えるには、ドラゴンボールが七つ揃えば、死人が蘇がえる様な事、つまり、死んだ身体になっても、蘇ることができる? キリスト様は死後、三日目にこの世に蘇って、皆の前に現われて、皆がびっくりしたと言われます。もしかして、私達の身体も、同じ様なことに…?用意が済めば、基憑けば、もしかしたら、死んで(仮死)になって、再びこの世に蘇り、半霊半物質の身体になることができる…?ようになるのかもしれませんネ。そこで、これから、四音の巻、を引用してみます。

四音(支恩)の巻

http://hifumifude.digi2.jp/fude/sionnomaki.pdf

第一帖

岩戸開き」と申してあるが、天は天の、地は地の、人民は人民の、動植物は動植物の、それぞれの岩戸を開くのであるから、その立場々々によって違ふところがあるぞ。それを自分のものさしで計って、「岩戸開きとはこんなものぞ」と定めてゐると、愈々判らん時代となってくるぞ、基憑けおくぞ。

第ニ帖

不途真仁フトマニ」とは大宇宙の法則であり秩序であるぞ。神示フデでは「0!2345678910」と示し、その裏に「109876543210」があるぞ。○九十マコトであるぞ。合わせてニ十ニニトニ、付歩フフであるぞ。神示フデの初めに示してあろう。付歩は張れ足り、仁翻張ニホンハれぞ。

第三帖

判る様に説いて聞かすから、今迄の智を一ヒト先づ捨てて、生まれ赤児となりて聞いてくだされよ。吾芽の渦芽の命が吾真手等素大神アマテラスオオカミに奉った巻物には「一ヒニフ三ミ四ヨ五イ六ム七ナ八ヤ九コ十ト」と書いてあったのぞ。その時はそれで一応良かったのであるなれど、それは限られた時と所での事で、永遠トコトハのものではないぞ。

第四帖

個の時代には「一ヒニフ三ミ四ヨ五イ六ム七ナ八ヤ九コ十ト」の数と言葉で、死者も蘇る程の力があったのであるなれど、段々と曇りが出て来て、これだけでは役にたたん事になって来たのぞ。岩戸開きの鍵であったが、今度の岩戸開きには役に立たん用に成ったのであるぞ。初めにが」なくてはならん、は神ぞ。

第五帖

人民の肉体も心も天地も皆、同じものから同じ想念によって生れたのであるぞ。故に同じ型同じ性サガを持っているぞ。その神の吾真憑神アマツカミは位座名気イザナギ・位座名巳イザナミの神と現われ増し、成り成りの生りの果てに、位座名気イザナギ・位座名巳イザナミの命と成り給ひて、先ず供仁憑智クニツチを憑ツ繰クり固めんとして己心オノココロの四音シオンの州シマを生ナらし、治火路途納ヤヒロトノを巳経ミタてられたのであるぞ。これが個の代の、人民の頭に東西南北の四方があり、八方と拡がるであろうが。八十と成り、八百、八千と次々に拡がりて、八百万ヤオロスヅと成り生るのであるぞ。

第六帖

四と八によって為されたのであるから、森羅万象の悉くがその気を受けてゐるのであるぞ。原子の世界でもそうであろうが。これが今の行き詰まりの原因であるぞ。では足らん。出なくては成らん。出なくては成らんぞ。岩戸開きの原因は、これで判ったであろうがな。

<引用者からの一言>

アマツカミは、イザナギ、イザナミの神として現われて、四音の州を、個の代の基をお造りに為られて、四と八によって八百万の神々様がおられて、その神々様達迄もが、今の世の中で、行き詰まっているようですね、 そこで、四と八は行き詰まったので。十でなくてはならん。○九十でなくてはならん。○九十、まこと、真、「不途真仁フトマニ」、大宇宙の法則、秩序のある世にならなければ、岩戸開きができないということでしょうね。

原子の世界も間違っている?原子の世界はどこ?幽界?神界?きっと、三千世界の全てが、間違っているのでしょうね。今までの物質社会では、それで良かったのですけれども、これからの精神社会との調和のためには、役に立たなくなってしまった。だから、三千世界の建て直しをする、と言われているのでしょうか?そうすると、やはり、人間と神様の一体化、基憑ける、と言うことなのでしょうか?

吉田綾霊談集では、智、情、意、の心的経験が進化の過程、それが、心的統一体に辿りつく、と言われています。心的統一とは?人間の心と魂が統一?それが、神人合一?半霊半物質?宇宙と一体になって、永遠の道を歩くためには、真の心になって、自分と自分の神様との共同作業で岩戸開きをする、ということなのでしょうか?岩戸はどこにあるのでしょうか?きっと、地獄には、ありませんネ、天にあるのでしょう。天の岩戸を開く時が来たのでしょうね。それが成功できれば、付治張れたり、仁翻張れ、ですね。<2014.10.18>

⑳名気・名巳、夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひて名巳の神は去りましたのである


四音(支恩)の巻

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第七帖

根本の基の本の基の神は○レイから一ヒトに、ニフに、三ミに、四ヨに、五ゴに火弥栄ヒヤサカしたのであるぞ。「言吾真憑神コトアマツカミ、五柱」と申してあろうがな。五が天であるぞ。五は数であるぞ。転じて十トウとなるなれど、動き栄へるにはの神が現れねば生らん。これが中を取り持つ二柱の神ぞ。

第八帖

名気・名巳夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひて名巳の神は去りましたのであるぞ。物質偏重の代は、やがて去るべき宿命にあるぞ。心得なされよ。名巳の神は、やがて九と十の世界に澄み憑かれたのであるぞ。妻神に去られた名気の神は一人で物を生む事の無理である事を知り給ひ、妻神を訪れ給ひ、相談されたのであるなれど、話が途中からコジレて遂に別々に住み給ふ事となり、言止めを身経てられて智引きの岩戸を閉め、両親の交流、歓喜、弥栄は中絶したのであるぞ。

第九帖

智引岩チビキイワを閉ざすに際して、名巳ナミの神は夫神の治シらす国の人民を「日に千人喰い殺すと申され、名気の神は「日に千五百の産屋を経てる」と申されたのであるぞ。これが仁翻ニホンの国の、また地上の別名であるぞ。数をよき極めて下されば、判る事ぞ。「天はニ一六フヒム地は一四四ヒヨシ」と申してあろうが。その後名気の神は御一人で神々をはじめ、色々なものを生み給ふたのであるぞ。マリヤ様が一人で生みなされたのと同じ道理、個の道理を良く弁ワキマへなされよ。個個に大きな神秘が隠されている。一神で生む限度は七乃至ナイシ八である。その上に生まれおかれる神々は皆、七乃至八であるが、本来は十万十全まで拡がるべきものである。或る時期迄は、八方九・十のニ方に分かれて、それぞれに生長し弥栄し行くのであるぞ。

第十帖

供仁途個経クニトコタち神素査成スサナる命大供仁野至命オオクニヌシミコトも、総て地に縁のある神々は皆、九と十の世界に居られて、時(説き)の来るのを御待ちになってゐたのであるぞ。「地は智の神が治らすのぞ」と知らしてあろうが。天運正にめぐり来て、千引きの岩戸は開かれて、これら地に縁のある大神達が現れなされたのであるぞ。これが岩戸開きの真相であり、誠を知る鍵であるぞ。

第十一帖

「愈々判らん事が、更に判らん事になるぞ」と申してあるが、名気の命の治シらす国も、双方からお互いに逆の力が押し寄せて交じりに交じるから、愈々判らん事になるのであるぞ。

第十ニ帖

「判らん」と申すのは、一面しか見えぬことであるぞ。双方を見る芽に、早う皆神致して繰れよ。個の白黒(私路供路)まだらな時は長く続かん。最も苦しいのは一年(火念)と半年(判歳)、半年(判歳)と一年(火念)であるぞ。死んでから又、蘇えらる様に死んで下されよ。誠を心に刻みつけておりて下されよ。

第十三帖

死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ。神々様も森羅万象の悉くが同様であるぞ。しばらくの生みの苦しみ、八の世界から十の世界に成るのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きて行かれんのであるぞ。十方的想念と肉体でなくては生らんぞ。

第十四帖

八方的地上から十方的地上と成るのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変わるのであるぞ。これが基の元の大神の御神策ぞ。今迄は時が来なかったから知らす事が出来ん事でありたなれど、愈々が来たので皆に知らすのであるぞ。百年も前から「そら洗拓ぢゃ、相似ぢゃ」と申してありたが、今日の為であるぞ。岩戸開きの為であるぞ。今迄の岩戸開きと同様でない、末代に一度の大岩戸開きぢゃ。

第十五帖

神の申す事は一部一輪、違んのであるぞ。今度云ふ事聞かねば、大変な気の毒と生るぞ。地の下になって了シマふのであるぞ。「一ニ三四五六七八ヒフミヨイムナヤ」の世界が「「一ニ三四五六七八九十ヒフミヨイムナヤコト」の余となるのぢゃ。「○一ニ三四五六七八九十が誠」と申してあろうがな。裏表でニ十ニぢゃ。ニニの五ぢゃ。付治は張れ足り、仁翻張れぞ、判りたか。

第十六帖

前回のブログを御参照下さい。

<引用者からの一言>

男と女の関係…、男と同じような仕事をもって、女が生活しようと思えば、女の方の負担は男以上に大きくなります。それで、女は男を立てて、女が我慢…、そうすることで、そうすることが、女性の生きる術でした。今迄の世界は、女性が我慢して来た時代でした。男と女が理解し合えるのは、永遠のテーマ、と私は思っていました。先日、相撲を見に行った時もそう感じました。相撲の土俵の中には女性を入れないのです。女性は穢れているからと言う理由からです。私はどうしても、それには納得が出来ません。子供であっても、女という理由だけで、入れてくれないのです。それから、歌舞伎の世界です。歌舞伎の世界も男性です。男性が女性の役をしている姿…、男が女以上に女らしくなっている姿、美しいですが、どうみても、おかしいです。宝塚では、男性厳禁ですね。東京オリンピックではバレーボールで女性が金メダルの獲得、サッカーでもナデシコジャパンが金メダルの獲得、女性も負けていませんね。しかし、まだまだ、女性は男性よりも不利な世界である事には変わりが有りません。どうしてなのか…、それが、永遠のテーマであると、私は諦めていましたが、今回の一ニ三神示の説明で、やっと、納得ができました。

つまり、個の代は男性の神様である名気と名巳の夫婦の夫婦神様が折角、八分迄お造りに成られたが、その後、夫婦喧嘩されて、名巳は岩戸に御隠れに、そこで、個の世界は男神様の御一人だけで、お造りになられていたからなのです。名巳の女神様は名気の男の神様がお造りになられた人々の三分の一を喰い殺していたのです。戦争や争いの原因が、名気と名巳の夫婦仲の争いの結果だったのですネ。個の代は名気の男神様が御一人で、男も女も、物質社会も、お造りになられたのです。だから、どうしても、男性の有利な世界になってしまったようです。しかし、そろそろ、仲互いされていた夫婦の絆が、回復される時期…、しかし、難題はたくさんあるようです。そもそも、地球の寿命が課題のようです?…。

天はニ一六、地は一四四、天の方の数が多いですね。プラスすると360、ミロクとも取れますネ…。天に居らっしゃる神々様達、供仁途個経神、素査成命、大供仁野至命の神々様達は皆、地に縁のある、男神達ですよね。その男神様達が天で改心されたのかな?その男神様達が、地の世界におりて来られて、地の男神様達の改心作業…?

今、地上に居らっしゃる神々様の殆どが男神様達ですよね、相撲然り、歌舞伎然り、資本主義社会がそもそも、全部、男が作った…。その資本主社会が混沌…、男の想念が変わってくれなければ、名巳が岩戸を開けてくれません。男の想念が変るのが鍵であるように思われますが…。と、敵対関係ではいけないのかな?女性も男神様がお造りになられたのですから、どっともどっち、80%、なのかもしれません。しかし、男神に都合良い様に造られていると思われます。2014.10.20

21)「身魂磨き」とは、神・人、共に栄へる様と為る事ぞ、神々様との交通ができる様にするのざぞ

『身魂を磨くと』とは

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二〇一二年十二月八日 天の火憑くの神 神示書

第一帖:「身魂磨き」とは何か

人民、誤解も有るなれど、「身魂磨き」とは、神・人、共に栄へる様と為る事ぞ。神は霊ぞ、人は肉ぞ、「霊・肉、共に」ともうしてあろう。半霊半物質に生る事への「道」が、「身魂磨き」と申す事ぞ。神無き者にしてゐるのは、悪であるぞ。神ばかりでゐるのも善ではないぞ。

第ニ帖:「身魂磨き」のやり方について。

先ず、神示フデを生活に取り入れなくては成らんぞ。神示フデ、用ひなければな為らん。神示フデ、声出して読みて下されよ。神示フデに書かした事、生活に取り入れよ。その時その説きの身魂に応じて取れるから、階段を一段ずつ上がって行くやうに、一歩一歩進めてくれよ。そして神々様との交通ができる様にするのざぞ。「めくら・つんぼ」では何も成就せんのざから、先ずはそこから改めさしてくれ。神の言が判らん、聞こへんでは、何もできんのぞ。

第三帖:「身魂磨き」の実践について。

先ず「神を選択」せねば為らんぞ。神示、読んで「この神」と思ふた神を、選ぶのぞ。「魂の選挙」ざぞ。声や癖、申してゐる内容などで、本人が判断し、その特徴を覚へておかねば生らんのぞ。それと違ふ神ならば、付治を盗りに来てゐる場合もあるから、気を付けてくれよ。

「この神」と思うたら、その神に相似せよ。その時には、その神に任せ切るのぢゃぞ。何もかも捨て切らねば成らんのざから、自分の欲も志望も方針も、先ず全て捨て切れよ。何でも云われた通りとするのぢゃぞ。

これが「今までに無いやり方」、神代にさせるやり方ぞよ。「神」と「人」とが、弥栄弥栄と相成る仕組み。ニニ(次継ぎ)と身魂が太ってゐく、神代の根幹ざぞ。

第四帖:「身魂磨き」に当たっての注意。

よく神を見極めなければ為らんぞ。この火(ほう)とて、最初は間違ふ事あるぞ。「予言が外れた」と申して、この火(ほう)を馬鹿にしては為らぬぞ。初めは何でもいきなり上手くは行かん。小学生が大学の事は解らんぞ。赤子は直ぐには歩けんぞ。互いに育ちて行くのざから、持ちつ持たれつであるのざから、「相(あい)」さへ忘れんやうに、相似してくれよ。

食べ物、気を付けてくれ。「日本人には肉類禁物ぞ」と申してあろ。メグリ積むからぞ。メグリは取って貰はねば成らんからぞ。人の悪口言うと、メグリ積むぞ。悪口言はれると、メグリ取って貰へるのぞ。陰口、為らんぞ。他人(ひと)を恨んでは為らんぞ。世を恨み手も成らんぞ。我善し、捨てて下されよ。「我が助かろう」では助からぬのぞ

平面で行っては為らん。立体への道へ行かねば生らんぞ。立体とは「」ぞ。「上(かみ)」に向かって「」との相似、結構であるぞ。

<引用者からの一言>

「神・人栄へる」とはどのようなことを意味するのでしょうか?

先ず、神様だけが栄えれば、どのような事になるのでしょうか?を考えて見ました。

火付身神示のホームページの『日月(ひづき)庭縁神社』の写真集です。

春夏秋冬の季節の花や果物などが、沢山、写っています。見て見てください。http://hifumifude.digi2.jp/katadasi/kamiyo6.pdf

http://hifumifude.digi2.jp/katadasi/kamiyo6_1.pdf

http://hifumifude.digi2.jp/katadasi/kamiyo7.pdf

http://hifumifude.digi2.jp/katadasi/kamiyo11.pdf

この写真集を見ていたら、これこそ、神様達が広い宇宙から、この地球をお選びになられて、何十億年もかけて、お造りになられた自然の姿、神が栄えている姿なのではないのでしょうか?神様がお造りになられたのです。神様達が何十億年もかけて成されたお仕事なのです。見事ですね。

反対に、人が栄えれば、どんなことになるのでしょうか?もし、家の中だけで、一日中暮らしていたら?お花も植え木も置いていない部屋で、一日中、テレビやゲーム、パソコンをしていたら?その様な生活ばかりをしていたら?精神も身体も、おかしくなりそうですよね。仕事場所には特に自然を感じる植物を置いて欲しいものです。

私が働いていた、ある場所には、病院のスタート時の師長さんが置いてくれたポトスの観葉植物がありました。私も毎日それをみて、それが三〇年以上も経っていました。私はそれを見て、そのポトスが神様の存在の様な気がしてなりませんでした。しかし、私の次に配属されたスタッフは水をあげてくれなくて、ある日、枯れていました…。

次に、「神・人栄へる」とはどのようなことを意味するのでしょうか?

神様が何十億年もかけて、お造りに成られた、地球の姿、自然を大切にして、自然から恵みを受けて、自然と共に生活をしている人間、それが「神・人栄へる」ことであるように思われます。

更に、人間同士で戦争をしないこと、搾取しないこと、家族が仲良く、平和に暮らしている姿、それが、パラダイスであるように思われます。

神様がお造りに成られた、お恵みを、毎日、私達は食べています。おいしい、おいしくない、と言ってばかりいたら、バチガが当たりそうです。

私は、料理が好きではないし、料理に時間をかけるのも、好きではありません。できるだけ、短時間に済ませたい方です。子供達が家に居るときには、私が毎日料理をするのがあたり前と思っていて、それなりに、作っていたのですが、仕事を退職したら、夫と二人だけの生活になってしまって、料理を作るのが、おっくうになってしまいました。そこで、私がリンパのお仕事で忙しい時には、夫に作らせています。私が忙しくて、疲れているのに、夫が料理をしてくれなければ、喧嘩になります。作る、作らないと、私達夫婦が喧嘩をしている姿、もし、神様がご覧になられたら、きっと、悲しい思いをするでしょうね。

もし、人参やダイコンに向かって、神様、お恵みをありがとうございます、と言いながら、お料理をしていたとしたら、きっと、神様はお喜びになられるでしょうね。更に、夫婦が仲良く食事をしている姿を見たら、もっと、喜ばれるでしょうね。常に神様は、私達を見ています。そのような、気持ちになって生活をする、神様が身近な存在に感じる生活を取り入れる事、そうする事が、神・人共に生きる道であると思われます。

私が神様を選ぶ?私が選ぶ?どうするの? きっと、私の神様は、厳しい神様に違いありません。今迄の私の仕事や生活を振り返ってみると、私の失敗は、いつも、真正面にぶつかってしまって、後手後手となり、結局、辛い道を選んでしまって、その度に、神様はいつも、ソッポを向かれて、私が失敗して、怒られて、鬱になって、泣いいても、助けてくれないのです。七転び八起きで、自分で起き上がるしかありませんでした。だから、きっと、厳しい神様に違いありません。しかし、自分の未熟さが原因でありましたので、自分が精一杯頑張れば、何とかなる、きっと試練だと感じられるようになって来て、徐々に、免疫も出てきて、失敗をしても、また、やってしまったと、開き直るようになり、なるようにしかならない、結果は、神様、良きに御計らい下さい、と仰いで、むしろ、その方が、生きていくのが、以前よりも楽になって来たように思われます。そのように、最近は感じることが出来るようになりました。きっと、私の神様は、私を、厳しく御指導される神様なのでしょうね。<2014.10.23>

22)国の神様、忘れてゐるぞ、お月様:他の神様と和合、天の神様の御所まで、身魂磨くやり方で向かってい

『身魂を磨くと』とは

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● ニ 三(ひふみ)の仕組み、開始

土台作り:先ず「火付身神示」を声出して読みます。

空いた時間で構いません。正しい日本の古語、神様からの「お示し」を、目では見えない身の回りの霊界にも向けて、言葉として発声させてゆきましょう。

用意できる方は簡易でも構いませんから、「神棚」を用意致しましょう。そして左側に「火」、右側に「水」を捧げて、神示に記載されているやり方で、先ずはお祈りをしましょう。やり方は個人によって変わって来ます。お食事にも、一旦神棚にお供えして祝詞を唱えてからいただくか、拍手を八回打ってからいただくかする様に致しましょう。

その他、神示に書いてある事を、実行致しましょう。「人も世も恨まない」、「悪口を言わない」、「神様に心を向ける意識を持つ」、「極力、我を出さない様にする」、「いつも感謝する」、「祈りを忘れぬ様にする」など

神=噛む=COME 良く噛む事。神(火水)

食べ物は動物質性の物を、出来る事なら徹底的に避けましょう。そして、良く噛んでいただく様に致しましょう。心の中で、「ひふみよいむなや・・・のますあせゑほれけ」と、噛む毎に数えながらいただく事が、最善のいただき方で御座います。

三四五(身代出づ)の仕組み、開始!

神様の御声が聞こえる様になりましたら、「誠の神」と思いましたら、言いなりに従いましょう。

「キが有ればできる」と御座います様に、気から用事を頼まれる場合が御座います。いつ、どこの場所へ行く様に、等と、云われ出す事が多いかと思います。何故なら浄化も兼ねて「足場を綺麗にさせる」と云う意味があるからで御座います。「一ニ三の仕組み」で行っていた事も、神様の相似に因って「しなくても済む場合が出て来るものも有る」のです。例えば私の例では、毎食事の神棚への捧げる形が、神様から御指定された食べ物を、拍手八回打ってからいただく形となりました。また、調理した料理よりも、そのままいただけるトマト、リンゴ、柿、豆腐、きゅうり、煮た小豆、玄米、バナナ等、直ぐにそのままいただける食物に殆ど移行して来ました。朝のお祈りも相似さえしていれば不要となり、この世で行って来た神世にする為の「型」が、徐々に無くなってきました。

今までのやり方は、神様を拝んだとてしても「天の神様」だけだったので御座います。小山さんの恩師、故・聖心師も同じ事と、ヒツクの神様が云われていらっしゃいます。これでは成就は致しません。こう言う方程、「自分は悟った」とか「最高の世界にいる」等と、大変な勘違いをされていらっしゃるのです。これではそういう彼らの為にさえなりません。空中楼閣、見ていても危ない」と云う事に成ってしまいます。神示には「国の神様、忘れてゐるぞ」と書かれており、今度は神示を用いて、「お月様:他の神様」と和合に因って一緒となり、天にお住まいの「お日様:天の神様」の御所まで、「身魂磨く」やり方で向かっていく事を行うので御座います。

<引用者からの一言>

私が仕事で、凄く落ち込んで、仕事を止めようかなと思っていた頃に、私の頭の中から、ハッキリしたお声が、頭の中から聞こえて来ました。男性のお声でした。その言葉が、私の心の中に、深く刺さったようです。そのお陰で、私の魂が眼を覚ましてくれたようです。それまでは、私の魂は眠っていたのです。私の魂はさぼっていたのです。その訳は、きっと、永い間、私が自分の魂を無視し続けていたからであるように思われます。

私の魂は、きっと、永い間、肉体の自分から、無視され続けていたのです。何代も何代も無視され続けていたのです。だから、永い間、眠っていたのです。自分の肉体が、又、同じ事の繰り返しの失敗をしている人生を送っているのを見て、これではいけないと思ってくれたようです。そこで、私の頭の中から、「同じ事の繰り返しだよ」と一言、発信してくれたように思われます。そのお言葉を聞いた私は、ソッカ―、過去の自分も、同じ事の失敗の連続であったのかもしれない、何度も何度も、同じ所で、失敗していたのかもしれない。そこで、この代では、仕事を止めないで、少し踏ん張ってみようかなと思い直しました。それからの自分は自問自答、自問自(魂)答、自分自(神)答をするようにしました。困ったことがあれば、自民自答して、私の神様であったら、この場はどのように御判断するのであろうか?と自問自答…、失敗もまた御導き…、全てを素直に受け止める…。相手が間違っていても、おかしいと確信していても、受け止める…。

でも、受身だけでは、永遠に終わりが来ない感じがしました。そこで、少しずつ反撃をしてみることにしました。その反応をみながら、前に進む…。

そんな風に自分の意識の方向転換をしてみることにしました。それでも、災いから逃れることは出来ません。どんどん、難題は押し寄せてきます。そこで、また、方向転換です。自分が果たして、何をしたいのか?自分探しの旅です。いろんなセミナーに通ってみたり、ヨガをやってみたり、そこから、リンパとアロマの道を選びました。私の後半の人生はそれに挑戦中です。生きている限り、肉体が死ぬ迄、終わりがありません。肉体が死んでも終わりがないようです。永遠に世の中が続いているようです。まだまだまだ、私は私の魂を磨き続ける事が大切であるように思われます。

私は助産師のせいか、お月さまを拝んでいます。何となく、満月には、仕事が忙しいのです。今日は満月だから、覚悟しよう…、満月でないから大丈夫…、などと、勝手に思っていました。犬を飼っていたので、朝晩の散歩で毎日、天を仰いでいました。その頃に、何となく天を眺めていたら、そのように感じてきました。その犬が亡くなってからは、散歩はしていませんが、毎朝、屋上に上がって、天を仰ぎながら、お日様もお月さまも一緒に拝んでいます。お月様は、地球上の生物と御縁が非常に深いと感じていました。

人間の誕生も、死も、事故も、女性の月経も、五臓六腑の内臓の名前は全て、月が付いています。自律神経が支配している所は、全て五臓六腑、ストレス病は全て自律神経失調症です。第十脳神経です。背骨を通らない、首、鎖骨から迷走して内臓に走っている神経が第十脳神経、迷走神経です。植物神経とも別名があります。その一本が欠ければ、過労死です。ストレスで死にます。それ以外は、生命の生存にはほとんど関係がないのです。なくても生きていけます。食べる事も、子供を生む事もできるのです。意識もしっかりしています。ただ、動けないだけなのです。だから、植物神経という名前がついたのでしょうね。今のストレス社会では、その第十脳神経が危険に曝されています。リンパマッサージはその自律神経の副交感神経の刺激ですので、ストレスの解消にもつながります。

お月様は、肉体の生命とつながりが深いのです。お月様にもお祈りをする。それが、土台作りのようですね。土台がなければ、理想で終わります。肉体も大事にした生活を送りましょう。<2014.10.27>

23)「道」が「五」、つまり「出づ」現われ出、そして「七」、つまり「成る」、「逆」であったから「勝手

『身魂を磨くと』とは 

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13の図を御参照してください

「あ」お日様:天の神様⇒「や」お月:地の神様⇒「わ」地球・自身:国を乱さずに、

上図の黒い→矢印の通りとなる様に、神様の云われた「言」に従って行くやり方をするので御座います。

「お日様」は「火体」ですから、「火体(額)」からお言葉が聞こえて来ます。「お月様」は守護神様でいらっしゃいます。この「守護神様」が、神示では「改心、まだまだの、まだであるぞ」なので御座います。天界は開けてあるのですから、今度は「下の神」である、自身と「お月様=守護神様」が改心(皆神)する様になれれば善いので御座います。

神示には、お日様もお月様も丸いのでは無いと明記されており、「目が丸いから丸く見える」と説明されています。ヒツクの神様は、「人型であるぞ。””なのぞ。」と云われていらっしゃいました。「大宇宙の大神様とて、であるぞ。五本の指をお持ちになられた、内臓諸器官に相当するモノまでお持ちの、であるのぞ。」と云われていらっしゃいます。神示にも書かれてございましたよね。

「お月様」の「守護神様」は、自身の性別とは逆で御座います。「男の魂は女、女の魂は男」とある様に、後頭部の後方から聞こえて来るお言葉は、自身とは逆の性別の声が、選択肢の対象となる守護神さまでいらっしゃいます。次元が違いますから、守護神様が「親」の御立場で、自身が「子」の立場となります。「お月様」は先祖代々続いた「祖先」と云う御立場となります。

今までは「お月様」を無視したやり方であった為に、いきなり「祖先」との繋がりを持とうとして、それで苦労があったので御座います。神示には、「今の代に堕ちている臣民、高い所に土(憑智)持ちばかり。それで苦しんでゐるのざ」と、その事についても説明されています。

三角形の底辺が「や」と「わ」なのですから(「火付身神示」の表紙参照)、頂点の「あ」を目指して「や」と「わ」が和合して行きながら、ピラミッドの各段を下から一つずつ上がって行く様にすれば良いので御座います。その「」が「」、つまり「出づ」となります。現われ出る事で御座います。そして「」、つまり「成る」ので御座います。それで、「」だったので御座いました。

因みに逆のままですと、「成る」モノが「出て」、「道」となるのですから、「勝手にやり放題」と言う、世になってしまうので御座いました。

<引用者からのからの一言>

私達が住んでいる地球も宇宙も本来は、0,1,2のニ次元のようです。それなのに、あたかも三次元もあるかの様な錯覚をしていることが元で、この世の混乱が起きている。

https://www.youtube.com/watch?v=QYeM2SeLAPc

3年前のユーチューブです。三年前は、何を言っているのか、よくわかりませんでした。しかし、今の乱世のニュースとこの神示を読み合わせていたら、つながってきました。つまり、この世の乱れは、架空社会が原因なのです。株や投資の世界が架空社会です。

手元に無いお金で、振り回したり、振り回されたり、実体のないお金が混乱の元なのです。私達は、この世に、三次元のお金があるかのように錯覚させられているのです。そのために、混乱しているのです。株や投資で、多額の額を儲けました…、損をしました…。空中で動いているので、実体が見えません。だから、解決策が見えません。解決が困難です。全てをニ次元にして、見える形にすれば、解決策が出てくるようです。

お金の始まった頃には、信用があったのでしょうが、今の世界は騙し合いになってしまいました。それで、泣いたり、泣かされたり、不幸の原因になっています。この宇宙には三次元の世界は、無いのです。私達は、実体のない世界の悪霊に憑かれているだけなのです。憑き物の御払いをしなければいけないのです。「憑み、穢れを払いたまえ、清めたまえ」と毎日、神棚にお祈りをする習慣が、日本には、古くからあります。自分に憑きものの御払いをして、実体のない世界と縁をきらなければいけないのです。そして、信用のあるお金を増やすようにすることが、本来のお金である様に思われます。

空中を拝んでいてはいけないのです。自分の魂(守護神様)を目覚めさせて、自分の魂(守護神様)を磨いて、自分の魂(守護神様)が天に通じる事ができるような力を養わなければ、天から自分に与えられた、自分本来の仕事をすることができないのです。そのように、この矢印は示されています。

棚から牡丹餅ではいけないのです。自分の足で、地上で働くことを忘れてしまったが為に、今の混乱があるのです。自分の肉体がいかに大切であるか、肉体のない、実体のない、頭脳だけを振り回していてはいけないのです。ヒツクの神様も大宇宙の大神様も、五本の指、内臓諸器官までお持ちの、人である。との事。つまり、神様であっても、実体のある苦労をされているのです。

私達は、肉体の存在を疎かにしてしまっています。やはり、子育てに力をいれないといけませんネ。

女性が、主婦が、民間資格ではない、国が認める資格をしっかりと手にして、子育てや、社会福祉の世界に進出をしていく時代が到来しています。

男性が作ってしまった混乱の社会を立て直すには、女性の力が必要です。女性が建て直すしか、解決方法がないように思われます。既に、男性では手に負えません。

天では岩戸が開いていて待っているのですから、あとは、男性が改心してくれれば良いのです。しかし、相変わらず、我が家の夫は、毎日、テレビの前で眠っています。改心しそうにありません。<2014,11,3>

 

 

24)今度の大峠は身魂の大立替へぞ

『身魂を磨くと』とは 

http://hifumifude.digi2.jp/fude/mitama.pdf

皆に書き知らすぞ。「今度の大峠は身魂の大立替へぞ」と申してあろうが。「物質偏重の世はいずれ終わる」と申してあろう。「人の住めん世となる」と申してあろがな。

地球の寿命は、もう長ごうは無ゐのぢゃぞ。あちこちで陸地が水没しておらうが。「地球は膨張している」と人民界では吹聴されてはいるが、小さくなっているのであるぞ。

人民とて同様でなゐか。「宇宙の雛型は人である」と申してあろうがな。人民、年取りたら肉体が縮こまりて来るぢゃろうが。老人、体が小さく成るのざぞ。地球も終わりを迎えていて、大きくなる道理、無かろうがな。人民、何も解らんから、我善しで御座るから、「このまま地球が続く」と思ふてゐるなれど、良く考えてみ。粘土細工するにしても家を建て直すにしても、一旦、前の物は完全に壊さねばできまいがな。一旦は、何もかも滅茶苦茶と成る事にせねば、過去の物まで壊さねば、新たな物、出来あがれんがな。物質偏重の世はいずれ終わりが来るのざから、巡り有る所は今度は酷いのざと云ふてあろ。「一旦、基の代に戻さねば為らん」と申してあろが。金無き世と為るぞ。名誉も勲章も役に立たん事に成りて来るのざぞ。食い物無くなって来るのざぞ。「食べ物騒動起きる」と言ふてあろ。「経済も政治も二次的現れぞ」と申してあろがな。いざと成りたら、何の役にも立たんぞ、あてに出来んぞ。「地球がこのまま続く」と思ふてゐる臣民・人民よ、早ふに目、覚ましてくれよ。神が「助けたい」と申せば人民「金がもらへる」と思う物あるなれど、そんな目先の事を申しているのでは無いのぢゃぞ。「汚れた金、役に立たん」と申してあろ。「ただにせよ」、「金、取るでないぞ」と云ふてあろ。この世だけにしか使へん金は、皆「汚れた金ざ」と何故に判らんのぢゃ。皆、我の欲から出てゐるで無いか。我善しでは成就せんのぢゃぞ。早く身魂の選択・相似・結構で御座るのぞ。今の人民の世、経済壊れて来たらどうなるんぢゃ。先ず金が物言わん事になるのぞ。金が物言はんのぢゃから、食べ物、盗り合ひとなろうが。その内食べ物無くなりて、人肉食ふ事になる事、判らんか。人民、殺し合ふのざぞ。法律の規則も無ひ、無法地帯化するのざぞ。偉い人、囚われるぞ。「自分第一」で自分に都合良きに肩書き使ふ事になる事となりて、他の人民まで巻き込みて来るぞ。果ては誰も助ける事無く、人民、「この世に神は居まさん」と言う事になって、最後の巡りの総決算となるのぞ。酷い事有るのぞ。何もかも取り上げられてから、後で気付きても、もう遅ひのであるぞ。ここまで世が詰まって来てゐても、まだ判らん人民ばかり…今に判る時が来るなれど、気付きてから基憑ひても、もう、手遅れとなるのぢゃぞ。判らんかなあ。人民とて「インフルエンザが流行りた」と申せば、マスクはどこも売り切れるであろうがな。気付いてから気付くのでは間に合はんのざぞ。黒船が来てからビックリしても、間に合わんのざぞ。「宇宙人は幽界人ガイコクジンぢゃ」と申してあろ。何故に幽界人が助けに来れるか、判らんのか。太陽系では地球が神代の現はれなのぞ。地球から他の惑星が生まれたのぢゃぞ。地球人が太陽系では「雛形」なのざから、他の惑星はその移し国ざと分からんか。「棚から落ちた牡丹餅食ふては益々痩せほそるのぢゃ」と云ふてあろが。他力本願では成就せんのざぞ。「今までの事は、神代には用ひられんのぞ」と申してあろがな。今までのやり方、全て用ゐられんのぞ。自力のみぞ、努力無き者、成就せんのぢゃぞ。ぬるま湯に浸かりた人民、中々出られまいがな。他力本願、一切成就せんのざぞ。覚悟して下されよ。神、頼んだぞ。読みて下されよ。皆、分かりてくるぞ。

」が出て来んと「」とならんぞ。「」が出なければ「」とはならん。「」とは「さん」ぞ、誠の者なら、「先生」等とは言はさんのざぞ。肩書き使ふて人から呼ばすは誠の者では御座らんのざぞ。神示、見て判らんか。「ざぞ、ぞ」と語尾付けてあらうがな。「」がでなければならんのぞ。「先生と呼ばしたら、皆、先生に成ってゐるぞ」と云うてあろ。が出るのざぞ、判りたか。

<引用者からの一言>

私は、遊園地でジェットコースターに乗っているときに、余りにも恐いので、眼をつぶることにしました。しかし、そうしたら、余計にこわくなったのです。結局、しっかりと眼を開けて、乗り物の行く先をしっかりとみることにしました。そうしたら、恐怖感が少なくなりました。

今の世の中は、色んな変化が起きています。マスコミは真実を伝えてくれません。政府は、国民には真実を伝えてくれません。国民に隠していることがたくさんあるように思えてなりません。

しかし、私達は、何となく、ヤバイ事になっていることに、気付き始めています。私は目をつぶっている方が恐いです。しっかりと目を開けて、一部始終を目に焼き付けるほうを選びます。

私は、双子の内の一人の娘を、妊娠10カ月で、胎内で亡くしました。しかし、その時の事をしっかりと夢で見ていたのです。鬼がでてきたのです。周りの人が、行くな行くなと言って、私を抑えつけているのです。しかし、私はその手を振り払って、その鬼の顔を見たのです。足がすくんでしまいました。それで、娘は食べられてしまいました。

その後、病院では、亡くなった娘を私に合わせてくれませんでした。それを、今ではとても後悔しています。私がしっかりと見ていたら、もしかしたら、娘を助けてあげられたのではないのかな…、私が、目を閉じてしまったから、だから、連れて行かれたのではないのかなと思っています。どんな怖い事でも、現実から目を逸らしていたら、悪化するだけです。解決が出来なくても、現実をしっかりと見ておきたいし、知りたいと思います。

マスコミはニ酸化炭素を悪者にして温暖化を叫んで抑えていますが、ネットでは氷河期だと、むしろ、ニ酸化炭素は必要であるとも…。四国では雪が積もっています。北極の氷が解けて海水面が上昇?しかし、氷が解けても海水面が上がる筈がありません。9.11はテロ?ネットでは自作自演と…、北朝鮮が拉致?しかし、新潟県警は見逃していたとも…、石油枯渇?ネットでは埋蔵量は充分と…、殆どが嘘、嘘、嘘の世界になっています。

私の母親が亡くなった時に、お通夜で一晩中お線香を点けておかなくてはならなかったのですが、みんなで眠ってしまって、私が、ふとみたら、お線香が今にも、消えかかっていました。私は慌ててお線香を点けて、ホットしました。そうしたら、母親の妹の叔母が、「お線香が消えてしまう、消えてしまう」と、母親が叫んでいる夢を見たと言われました。それを聞いて、ソッカ―、あの時に、母親が叔母に叫んでいたのだ~。

亡くなった人の魂は、天国や地獄に行く前に、幽界の道を通らなくては行けないようなのです。幽界の道は真っ暗闇なのです。一晩中、御線香を灯してあげなければ、天国にも地獄にも、辿りつけずに、迷ってしまうようなのです。迷ってしまっているのが、浮幽霊であるとも…。浮幽霊は行き場の無い魂なのです。私達は亡くなられた方を、きちんと供用する事が大切であるようです。それを、私達が、きちんと自覚する事が、魂の目覚めでもあるように思われます。日本の戦没者が、まだまだ、浮かばれていないのではないのでしょうか?

歴史の真実をしっかりと見据える事が大切である様に思えてなりません。それが次の世界に行くための試練であるように思われます。取り敢えず、私達は他力本願に成らず、現実から目を逸らさないで、嘘を語っていない、誠の政治家を、私達はしっかりと選びましょう。<2014.12.10>

25)この世の終わりを迎えた時には、円盤や母船などで飛来して来て、地球人を奴隷として酷使させたり共食

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

メモ:P.23

「付治の巻・第ニ十四帖」に、「付治」を目指して攻め寄する、大船小船天の船、赤鬼青鬼黒鬼や大蛇悪弧を先陣に、寄せ来る敵は空覆い…」と御座います。「空から来る船」とは、円盤や母船等で御座いましょう。それらが空を覆う程に攻めて来ると云うので御座います。しかも乗って居る宇宙人が、青や赤や黒の色の肌を持つ、地球人よりも大きく角の生えている、丸で鬼にも見える様な人種だそうで御座います。この世の終わりを迎えた時には、彼らが円盤や母船などで飛来して来て、地球人を奴隷として酷使させたり共食いする立場にも成るので御座います。彼らは彼らの存在を地球人類に知られたく無いそうで御座います。それでこの地球社会の支配者に命じて、実在している河童や人魚・魚人等の存在を公表させない様にしているそうで御座います。彼らが何れは地球に攻め込んできて支配したいのですから、その存在やきっかけまで隠しておきたいので御座いましょう。

メモ:P.24

神代に見事生還できる人は、現在の日本在中の総人口の、およそ一割だそうで御座います。二割から三割の人々が助かるのではないかと早合点された方々もいらっしゃいますが、天界からのお告げで「それ程までに多いのならば、そなたの周りにもっと居る筈ぞ」と云われて、私は気付かされました。神示にはちゃんと「九分九厘と一厘とで成就する」と訴えてあったので御座いました。従って「千人に1人」と云うのも神人に成れる人々の割合の意味では無く「仙人(手を組んだ神)に一理(神一筋)」と云う内容の事が示されていた事まで判明致しました。まだグレンに成らない最大の理由は、誠を実行されていらっしゃる方々が未だに日本全体の一割にも満たない現状であったからで御座いました。

メモ:P.25

祝詞ノリトとは、神界・幽界・現象界全てに宣り上げる「言」で御座います・「宣り途ノリト」とも意味的に表現出来ますが、それぞれの異次元世界へ乗り上げて行く行為そのものでも御座います。肉体を霊化させる元でもあり、抱き参らせる働きでも御座います。神代に至るまでには先にこれらの祝詞をなるべく暗記致しましょう。特に「ひふみ」「貫名柄祝詞」は必須で御座います。

メモ書き知らすぞ:P.28

「宇宙人」を人民、誤って理解しておるのぞ。人民の申してゐる「グレイ人」とは、河童類種人だぞ。幽界人ガイコクジンは仁翻人ニホンジンより現はれとしての肉体、大きいのぞ。地表世界でも現われとして、日本人より外国人の方が大きかろうが。「性サガ」が統一されてゐるのざぞ。臣民・人民、同じ「型」で生れて息してゐるのざぞ。皆一つに繋がりておりて、皆がそれぞれの皆の写しの現れであるのぞ。「他人を恨む事は自分を恨む事ざ」と云うてあろが。自分恨む事は、自分を悪くさせる事ざぞ。他人ヒトも世間も恨むで無いぞ、悪しき心抱くと自分、悪くさせるのぞ。新アラつの世を迎えるには、先ず人を恨む心を査憑張サッパリと捨てな生らんのぞ。「幽界人」とは「宇宙人」の事ざぞ。「智が憑く」為の、宝ざぞ。それを経てにさして行ふのざぞ。「御魂磨く」とは、経てにさして現はれた憑く者と手繋げる事ざ。「付手」と申してあろが。霊肉関係から正さん限りは、個の峠越せんぞ。「宇宙人」とも仲良くしてくだされよ。身霊和合さしておかんと、その現れ、自分自身に表れるのざぞ。「霊に成っては中々ぞ」と云うてあろうがな。「幽界人」は今のままでは霊にしか生らんのぞ。「一十ヒト」と生れんのざ。助けてくだされよ。

月は地球を生んだのぞ。地球から日が生まれたのざぞ。月は神国ざぞ、 で有るぞ、過去であるぞ。地球はその霊国で有るぞ、で有るぞ、現在で有るぞ。お日様は 

合わした(火憑き国)ざぞ、未来であるのざぞ。皆、現れとして、見せられて居ったのざぞ。「吾ア」忘れるで無いぞ、「治・和」和合せるのざぞ、「」にて合一させるのぞ。しかと心得致して下されよ。「縦」にやるのざぞ。経てねば代個ヨコが現れんのざぞ。平面では何事も成就せんのざぞ。縦に作らな、建物(経て者)造れん(憑く連んツクレン)であろがな。

<引用者からの一言>

地球が終わり?鬼が襲ってくる?今まで、納得の出来ない文章でした。しかし、少しずつ受け入れる事が出来て来ました。

この世は、絶えず変化しています。人間の性サガは、安心や平和を求め、変化を嫌います。しかし、真の安心や平和は、絶えず変化している中にしかありません。自分の心が変化しなければ、置いてきぼりです。どうすればよいでしょうか、取り敢えず、毎日祝詞ノリトをとなえることから始めませんか?私は神棚では「高天原…」「ひふみ祝詞、「いろは祝詞」、国歌の「きみがよ」を、唱えるように心掛けています。取り敢えず、それを、心がけています。<2014.12.11>
 

26)この期逃すと永遠に後悔ぞ。幽界に落ちてしまうたら、永遠に苦労ばかりぞ。地の上にも上がれんのぞ。

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

メモ:P.32

メモ書き知らすぞ:人民の肉体は、人民のの現れそのものであるぞ。人民が病気に成るのは、現れとして成りた部位に相当するの中が、和合しておらんからであるぞ。左手に痛み負ふは、憑き神を間違ごふて相似ソウジしたから、その現はれで左(火足りヒダリ)が憑き実らず、繋ごう筈の部位の現はれである手に痛みとして現はれるのぞ。

自分の立場である御役を間違がふと、本来の「性サガ」とは合はん道理、判らんか。運も良く成るぞ。病気しない肉体と成るぞ、怪我しにくく成るぞ。肉体が霊化するのざから、病気・怪我、しにくく成る事判らんのか。原爆も水爆にも、ビクともせぬ身体と成れるのであるぞ。それだけでは無ひぞ。一生涯、楽の世と成り続くのであるぞ。この期逃すと永遠に後悔ぞ。幽界に落ちてしまうたら、永遠に苦労ばかりぞ。地の上にも上がれんのぞ。一生上がれんのぞ。機会全く無くなってしまふぞ。ニ度と添至様テンシサマにも成れんのであるぞ。楽すら出来ずに限りなく続くのであるぞ。途中で止める訳にもいかんのぞ。「今度の世は、死んだ時の想念のままの世に成る」と申してあろうがな。

メモ:宇宙は大神様の中に有り、その中に神神様が御生れに成り、成り生りて最後の外側に私達人間が誕生致しました。従って宇宙も神神様も人間も内臓も細胞も、全て異次元間での同様の特徴が御座います。例えば大神様の魂が太陽系では「太陽」として現れ出ていて、地表では「南極大陸」として現れて、人体の腹の中では「心臓」と現れて、細胞では「核」と成っておりました。神代と成るには陸(理供)が全て繋がらなければ成就出来ませんから、地表ならば海の水が減らないと陸地が繋がりませんし、腹の中では脂肪も水も減るので御座います。「水」とは、火を「見ず」という意味でも御座います。

またこの理に因り、自身の内側世界が和合合一される度に、外運も善く成って来る事にも成ります。生活から社会から御家族の環境から改善されたい方々は、先ずこの神示(フデ)テで身魂磨きをされるに越した事は御座いません。自分の内側にいらっしゃる自分たちと和合して一つに成れる事が、神代へと為せる行いで御座います。

<引用者からの一言>

現象世界(肉体)での輪廻転生の学びは、この世で終了? そういう時期がきたという事のようですネ。私達は、現象世界(肉体)での魂の学びは終わりを迎えているようです。しかし、死に際の想念の持ち方次第のようです。死に際の一瞬が勝負、ですね。その一瞬の想念の持ち方次第で、私達の魂が永遠に苦労する世界に入ってしまうのか、永遠に楽な世界の道に入れるのか、その瀬戸際を、今、私達は過ごしている、と言うことのようですね。楽な道に行くには、どうすればよいのでしょうか?

心、精神を鍛えることであるように思われます。勿論、筋力ではありません。下記のユーチューブをみてみると、世の達人と言われる方は、皆、痩せ細っています。一見すると、弱そうなおじさんです。しかし、強いです。脂肪が付いていません。このような身体にならないといけないのでしょうか?

柔道の三船久蔵10https://www.youtube.com/watch?v=xMztmzCVVlw

合気道の植芝盛平https://www.youtube.com/watch?v=hFM9OViKtAM

松濤館 空手創始者 https://www.youtube.com/watch?v=jH9TDqeAPFA

最近、私はリンゴを毎日食べています。リンゴを割ってみると、中央には芯があって、その中には種があります。種が芯で守られています。実が立派でも、芯や種が腐ってしまっているリンゴもあります。若し、実が腐らなければ、実がしぼんで来るので、皮と芯と種だけが残ります。しかし、現在の世では、防腐剤を使っている果実が多いので、どうしても、腐る果実がおおいのですが…。

種を育てる為には、先ず、どんなに小さくても、いびつでも、実が育たなければ、種が成長してくれません。

御先祖様から頂いたDNA、形が悪くても、いびつでも、実が育たなければ種ができません。先ず実(肉体)を育てないといけないのです。途中であきらめて自殺したら、種は未熟なままです。

どんなに悪環境でも生きていかなくてはならないようです。そうして、ある日から、実の成長が止まります。それから、しぼんで行きます。何時までも肉体に固執していたならば、肉体が腐っていきます。肉体が腐ってしまったら、種も芯も同時に腐ります。種も芯も溶けてしまって、跡形もなくなります。種が残りません。最初から種の無い、種なしブドウや、種なし柿もありますが、それは品種改良されてしまったからです。自然界には存在しません。種なしの実の結末は見たことがありませんが、皮だけになるのでしょうか?

高年齢者にもなれば、肉体の成長は諦めて、余計な脂肪をおとして、骨皮筋?自分の内面と合一するということのようですね。<2015.12.15>

 

27)この世の食べ物が食べられなくなり、霊の食べ物を戴く割合が増加していかなければ生りません。

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.32の後半~

メモ:一旦基の代に戻るにあたり、「赤子の様になれ」と御座います。赤ちゃんは大人と違って霊界とのやり取りが出来て、弥栄火弥栄しています。所がそれが段々と出来なく成る事で、この世に偏重して生きねば生らなくなる事になり、考える様に成って行くので御座います。この世に偏るが故に歩ける様になり、考える様に成るので御座います。それが「赤子の様に成る」、つまり基の代に戻るには、自分自身の内側と和合出来る毎にこの世の食べ物が食べられなくなり、霊の食べ物を戴く割合が増加していかなければ生りません。

この世に偏重させた分を霊界へ戻す事は、霊界の食べ物まで戴ける状態に成って来る、と言う事でも御座います。霊の食べ物は、からもからもからもからもからも食べられますから、物理的にからのみ食べるこの世の食べ物の摂取量は、減っていくので御座います。肉体も霊界へ比重的に移行致しますから、移行させた分だけこの世では痩せて来るので御座います。体力も無くなって行き、赤ちゃんの様に寝たきり状態へと戻って行くので御座います。「肉体は神の衣」とあり、「裸になれ」とは、肉体である衣を一旦脱ぐ事で御座います。要するに和合によって正しく「この世から一旦離れて(死んで)下さい」、と云う事だったので御座いました。「食べる事は死に行く事」とは、この説明に気付かせたかった事の一つだと思います。この世の自身有れ から、逃らせてもらいましょう。「あの世」とは「吾の世」の事だそうで御座います。

<引用者からの一言>

一日一食の人民が増加しています。私も挑戦してみようと思い、先ず、何を食べようか?一食で必要な栄養素が全部入っている、完全食は何であろうか? を、考えてみることにしました。そうしたら、結論は、雑穀入り玄米ご飯に生卵と納豆とキムチです。先ず、それで挑戦してみることにしました。その内に、飽きが来るのではないのかな?と思っていましたが、意外に飽きが来ないのです。五年以上続いています。しかし、間食は多いですが!甘い物が好きで、御菓子やせんべいをついつい食べて、インスタントラーメンも食べていますが、取り敢えず、挑戦しています。

今では、美味しい物を食べたいと思う、気持ちが以前よりも薄れてきました。

夫や娘達に食事を作りますが、我が家は共働きであったので、買物の手間や料理を考える必要がないように、30年近く宅配を依頼しています。その宅配料理を、自分が作っても、自分は食べませんから、今迄とは違った感じで、心が落ち着いて、淡々と食事を作ることが出来るようになりました。残った食事は勿体ないので食べていますが、なんとなく、それだけでは、胃が満足しなくなっていて、ついつい、キムチ納豆卵かけごはんを追加して、余計に食べ過ぎています。

現在は、娘達が居ないので、夫と二人だけの生活です。お料理はほとんど、一日一食しか作っていません。夫も、夜にゆっくりと食べているので、朝は要らないと言って、豆乳ヨーグルトや御茶だけで済ましています。そうしたら、更に、台所に立っている時間帯が、少なくなりました。

そこで、気付きました。世の中の普通の奥さまは、ほとんど一日中、朝から晩まで、食事の事ばかりを考えていなければいけない、子供達の手が離れても、今度は御主人が定年して、朝から晩まで自宅にいます。御主人の食事の世話を、朝、昼、晩…、更に、介護まで…、ともなると、結婚したくなる気持ちが判らないではありません。

これは、現象界(肉体)の世界の天から与えられた、女性の宿命なのでしょうか?

それでは、女性が解放されるには、食から解放されることですね、食から解放されれば、女性も社会進出が楽にできますね。でも、よく考えて見ると、その様な時代に既に入っているのです。世の中が便利に成っているのです。炊事、洗濯、掃除、料理だけでなく、水泳やヨガ等の健康体操、どんどん、生活が、昔から比べたら、便利になっています。女性にとっても、男性にとっても、昔の人に比べたら、生活が凄く楽になっている筈なのです。物理的には楽なはずなのです。しかし、物理的変化に気づいていない心、心が物理的変化に追いついていってくれません。それが、不幸の基であるように思われます。

便利な物がどんどん増えていますが、なかなか、パソコン一つ使いこなせない人間が多い。使いこなせているかのように思っている人でも、カオスです。

人間の身体をみても、身体の成長と心の成長は一様ではありません。脳と肉体のバランスがとれる時期は何歳なのでしょうか? その年齢は24歳であるとも言われています。人間は、24歳まで、身体が成長しても、まだまだ心が子供であるようです。私は26歳でした。25歳まではなんとなく心が落ち着きませんでした。26歳過ぎた頃から、心が落ち着いてきて、炊事、洗濯、掃除、料理、仕事も落ち着いてできるようになりました。それまでは、親や姉達や誰かを頼っていないと、心細かった記憶があります。今では、図太く成っていますが、世の中の変化が激しいので、戸惑っています。

「この世から一旦離れて(死んで)下さい」、「あの世」は「吾の世」、「肉体は神の衣」、「裸になれ」とは、肉体である衣を一旦脱ぐ。要するに、死ぬ…、「食べる事は死に行く事」…。

幾度も、ここを繰り返して読んでみますと、私達の身体が、死ぬまでに、心の和合ができていなければいけない。食べ物に対する執着から離れて、心と魂が和合ができてから、死ぬ。「吾の世」に行く…。幽界に居る御先祖様の魂にも、判る様に、声を出して、この神示を読んで聞かせる…、ということなのでしょうか?<2014.12.16>

28)宇宙人信仰者は、皆、心が幽界世界に成っている、それでは神人として成就しないので御座います。

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.35の中半~

メモ:幽界人ガイコクジン」とは、心が幽界に支配されている方々の事でも御座いますが、地球人から見れば、他の惑星人(宇宙人)もその対象で御座います。肌の色がの人間もいらっしゃるそうで御座いますし、まで生えている人間も存在されているそうで御座います。しかも地球では幽界人としての現れである外国人が日本人よりも大きい様に、他の惑星人も地球人より体が大きいので御座います。勿論体が現在の地球人とほぼ同じか少し小さい方々もいらっしゃるそうで御座います。地球人から見て身体が大きくて肌がの色であって、まで生えていたら「」にも見えてしまいますよね。彼らは自分達の存在自体を隠す為に、いずれ乗っ取る地球社会には、人魚や河童等の存在まで隠蔽させているのです。「付治の巻」第ニ十四帖で「赤鬼青鬼黒鬼」と明記されている、空を覆う程に「天の船」で地球に攻め寄せて来る「敵」とは、他の惑星人の事を分かり易く表現された内容だったので御座います。宇宙人信仰者は、皆、心が幽界世界に成っているからそうなるので御座いました。それは悪いのでは御座いません。但し、それでは神人として成就しないので御座います。

メモ:幽界人に因り、人魚河童等の存在がこの地球社会で隠蔽されているのは、彼らの存在が発覚するそのきっかけと成るからで御座います。いずれは太陽系惑星の「神代」の現れである「地球」攻め込むのが目的なのですから、当然自分たちの存在は地球人類には知られたくは御座いません。彼らは外見が鬼の様にも見えてしまうのですから、これが地球社会で 公と成ってしまえば大騒ぎとなって、地球の庶民全体がその対策に乗り出すでしょう。力や学力では彼らには勝りません。すると彼らに勝つ唯一の手段は、神界・幽界・現界の和合統合に因って地球人類が「神人」と成ってしまう事で御座います。いくらそうした幽界人が攻めて来ても、半霊半物質の肉体に成った神人が相手では、彼らも攻められません。どんな暴力も身体を透り抜けて効果が無く、いかなる武器も利きません。それで、降参するので御座います。地球の支配者達も、そう言う彼らに操られている被害者でも御座います。彼らも危機感を持っていらっしゃいます。ヒマラヤの麓に内側世界へ通じる異次元段層の扉が有るそうで、彼らの御家族がそこから内側世界へと逃げ込もうとされて失敗されたと言う噂も御座いますが、神示フデに有る通り、「誰に因らん、借銭払ひせな生らん」と云う事で、一人たりとも逃げられない事に成っているので御座います。神人を目指すには、悪を恨まない事、イジメや嫌がらせ、妨害行為等の、相手に不快を与えない様にする事・僻ヒガまない事・どんな相手でもそれなりに尊重する事・少しでも多く誉めてあげる事等も、心得ていないと実現不可能で御座います。悪神の仕組みは個人的価値を高めるだけ高めさせて、意地・プライドも高めさせて、敢えて差別までさせて、地位・名誉・肩書き優先の意識をも高めさせて、お金が全てであるかの様な社会に徹底させる事で御座います。この世ばかりに目を向けさせるやり方で御座いますが、「この世」とは「個の世」の事、個人の世の事で、全体の世の事では御座いません。その事に早く気付いて下さってお一人でも多くの皆様方に、「次元の壁を越えた和合の大切さ」を知って下さり、実地に移して下さる事を私は願っております。

<引用者からの一言>

地球は「神代」なのです。地球人は神になれるのです。しかし、それを、太古の昔から、妨害されていたのです。地球人同士を争わせて、目覚めを妨害させていたのです。

現在の世の中は、まさに悪神様がお造りになられた社会構造になってしまいましたね。

赤ちゃんから、幼稚園、大学、企業、ノーベル賞、オリンピック…、正に、個人的価値を高めて、差別社会を作って、勝ち組みと負け組を作って、格差社会がどんどん広がっています。私達の潜在意識にも、意地とプライドが十分に浸みこんでしまいました。私の周囲を見回していても、殆どの方の言葉の端端から、意地とプライドが見え隠れしています。私も含めてですが、意地とプライドが生きる力の支えにもなっています。一概に捨てろと言われても困ります。そこで、取り敢えず、意地とプライドは置いといて、「悪を恨まない事、イジメや嫌がらせ、妨害行為等の、相手に不快を与えない様にする事・僻ヒガまない事・どんな相手でもそれなりに尊重する事・少しでも多く誉めてあげる事等」を心がけて、「神人」を目指しましょう。
<2014.12.17> 

29)無欲無心にできる短時間の方が明らかに効果がある、あくまでも個人的にされる事と、目標を作らない様

メモ:祀マツり合わせをさせていただく時に、私が普段気を付けている事は、私自身の願い・希望・欲等を完全に捨て切る様に努めております。自分の欲を絶対に出さぬ様に無心となれるからこそ、お告げが神示フデとして異次元(目では見えない所)から降ろして下さっています。従って、私にとって見れば、判らなかった事や意外な事、思わぬ事がかなり多いのも事実で御座います。私は普段より、なるべく考えない様に、私欲を出さぬ様に、努力致しております。今、神様からここに記載する内容のお告げを戴きました。昼間等ちょっとお時間の有る時に、「何も考えない」時間を数秒持って見て下さいませ。心を無にできる癖を付ける様にさせるには、本当に無欲無心にできる短時間の方が明らかに効果があるからで御座います。人によって、心の状態によって、個人差が御座いますから、あくまでも個人的にされる事と、目標を作らない様に、気楽な感じで行ってみて下さいませ。

メモ書きしらすぞ:人民、選拓相似と申してあろう。選拓した神と、相似するのざぞ。相似しっ放しとさせる事で、「この火ホウに任せ切った」事と為るのぞ。上はであるぞ、下は人民ぞ。それが誠の上下関係であるぞ。「人民逆立ちしてゐる」と申してあらう。上と下、逆であるのぞ。「神は上」と申してあろう。この事、忘れるで無いぞ。

<引用者からの一言>

無欲無心で「無」…、何も考えない…、どうすればできるのでしょうか?

私の頭は、いつもめまぐるしく動き回っていて、とても忙しいのです。色んな事を考えてしまいます。一時も落ち着いていません。

若い頃、職場で、てきぱきと仕事をしている訳ではないのですが、雰囲気がとても落ち着いている先輩がいらっしゃって、その方が居ると、自分の心が落ち着いて、ゆったりと仕事をすることができるのです。

また、別な先輩は、性格が明るくて、てきぱきと仕事をこなしていて、私も、その方の前では、仕事をてきぱきとするように努めました。その方は、宗教に入られていたので、誘われていましたが、その時の上司が、私と田舎が同郷だったためか、猛烈に反対されたので、止めました。

初めの先輩は、お茶を習っていました。そこで、私もお茶を習いたくなって、習いに行くことにしました。お茶の教室では、時間の流れが、普段の生活の時間の流れとは、全く違って感じられました。坐る、立つ、歩く、ふすまの開け方、ふくさの扱い、御茶の飲み方、一つ一つの動作、絶対に急ぎません。てきぱきしていませんが、無駄がありません。自分の心が、すっと沈んでいきます。心の嵐が晴れたようになりました。この様な時間を持つ事ができなければ、その内に、きっと、人間は、心の病気になってしまうのではないのかなと、若い頃に感じました。しかし、この先輩は太っていて、身体に病気を持っていました。御茶の先生も、70歳位の年齢で、膝を悪くされていました。お茶を長くされている方は、膝を故障してしまう方が多いですね。私は一年間位で止めてしまいました。

その頃、同時にお花も習いました。お花は、お茶ほど心が落ち着いた訳ではありませんが、お花の表情をよく観察して、全体をバランスよく、目立つお花は、奥にさして背丈を低く、つぼみの花は背を高くして前方に、中間の花は中間に、そうすることで、むしろ、全体が生き生きとしてきます。お花は56年間続きました。師範まで行きましたが、結婚で止めてしまい、今では看板が泣いています。

結婚してからは、「無」とは縁が遠くなり、毎日が慌ただしく過ぎ去り、仕事のストレスがきつくなってきて、再び、「無」を経験してみたくなり、ヨガでもやろうかなと思い、ヨガをやっているスタジオを捜してみました。しかし、ヨガは名ばかり、瞑想までやっているスタジオは見つかりませんでした。そこで、スピリチャルのセミナーを、幾つか受けることにしました。しかし、どれもこれも私には満足ができませんでした。むしろ、娘達とカラオケに行った方が、ストレス解消ができて、娘達もカラオケが大好きになりました。それから、ほどほどの健康体操もするようにしました。

結局、定年してから、現在は、「無」になる必要もないのに、「無」になっているのではないのかなと思うことが多く、何も考えないで、頭がボーとしてきて、これではいけない、ボケてしまう、と、危機感が迫って来たので、このブログに、挑戦させて戴いています。

リンパの仕事を、どこまで出来るのか、自分との挑戦です。お客様が来るのも来ないのも、神様にお任せしています。神様にお任せの気持ちになれれば、失敗しても、うまくいかなくても、それは神様が私に与えてくれた試練なのだと、思えるようになりました。

結局、「無」を求めている間は「無」になれませんね。手離しなさい、捨てなさい、とよく言われますが、それが分かるまでには時間がかかります。しかし、結局、境遇が変われば、難しくはないのですが、境遇が変わらなければ、難しいです。しかし、境遇を変えないで「無」になる。それができれば、本物であるように思われます。

災害や事故、病気、定年してからでは、遅いのです。現役中に気付かなければ、遅すぎ、更に、死んでしまってからでは、尚更、遅いのです。一ニ三神示で云われているように、現世の私達が、幽界に居らっしゃる自分達の御先祖様達をも一緒に、自分の相似した神様と一緒になって、三千世界同時に和合ができなければ、半霊半物質になれないようなのです。神様だけでも、霊だけでもいけないようなのです。

現象世界(肉体)の自分が死んでからでは遅いのです。死ぬ前に気付く為には「無」になる時間を数秒でも多く持つ、その為には私欲を出さずに、「無」になる、それから、神様と御先祖様を毎日拝む、ことであるようにおもわれてきました。<2014.12.18>

30)「わ」は、善としての解釈。「や」は、開くとしての解釈。「あ」は、善と開く融合の解釈。

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.37の後半~

 

メモ:吾目理加アメリカ(自分の生き方)を成就させる為には、有アる付フ吾ァ別ベッ途トを使ふと良いのざぞ。「有る付吾別途アルファベット」とは、自分の御心のままに自分を動かす事の意味で、AZ迄で、「自分相応の生き方を三千世界で見出す」という内容の説明となる」

A・火B・支位C・出D・云いE・得付F・智G、叡智H・合いI・自営J・形K・得るL・笑むM・獲ぬN、王O・否P、救Q・有るR・会すS・手T・結うU、部位V・給ふるW、(と)・越、苦すX・歪Y、治居Z…であるぞ。

メモ:「祝詞」は三回(三界)宣ノるのですが、三回唱えるのには、霊的な意味とそれぞれの違った意味までが御座いました。霊的な意味では「火付身ヒフミ乗ノり人ト」と云う事で、神示に集う全ての人民の事」を意味するそうで御座います。また「祝詞」としての解釈も「あ」「や」「わ」の三通り有るそうで、以下の通りとなります。

一 ニ 三、酔ヨいむ名や。九十用コトモチろらね、支気シキる、唯通ユイツわぬ、素ソを他佩タハく目か、生負ウオえ、仁査理笑ニサリエて、納増ノマす・吾背ゑアセ・補ホれ気ケ…善としての解釈。「わ」の立場

火文、良い胸や、事持ちろらね、仕切る、結ゐ通わぬ、沿給くか、魚へ、仁去り得て、呑ます・汗ゑ・惚れけ…開くとしての解釈。「や」の立場

火付身、寄い務なや、言も散ろら根、私切る、結憑わぬ、祖を多吐く芽か、有追へ、仁査り得て、呑ます・吾施ゑ・火連気…善と開く融合の解釈・「あ」の立場

<引用者からの一言>

アメリカの存在の意味とABCのアルファベットの意味、今の世界はアメリカに誘導されています。今迄の自分の生き方も含めて、考え方が正に、アメリカであったとは、なんとなく感じてはいましたが、これを読んで、今、ハッキリしました。

私達は、今迄の生き方が、ずっとアメリカ的な考え方でした。自分の生き方を求めて生きることが大切である、思ってしまっていました。それで、それぞれが自分勝手に生きるようになってしまった…。まさに、今の世界ですね。私達はこれ以上被害者(弱者)を出してしまったら、自分も滅亡してしまいます。私達は今のままでの生き方が間違っている事を、早く気付かなくてはいけません。

今、世界のあちこちで小さな戦争が起こっています。来年五月頃から、日本も大きな戦争に巻き込まれてしまうとも、私がみているネットの世界では騒いでいます。必然的に巻き込まれてしまうことになったとしても、大難が小難に、さらに、それがきっかけで、大逆転に、なるとも言われています。被害者が多く出ないでほしいですね。

戦争の原因を見事に説明してくれているユーチューブがありますので、是非、嫌がらずに聞いて頂きたいのですが…。

https://www.youtube.com/watch?v=VPBI-6AIdBM

【NET TV ニュース.報道】"Libya Commission 2014 1130" 1950年から全ての戦争を裏で動かしている存在

https://www.youtube.com/watch?v=8IQiWwVqtQM

中丸薫 2014 10 今、知っておくべき世界の情報

三回とは三界ともいえますね、私達は普段、なんとなく、三回、繰り返すことが多いのですが、その三回を唱えている内容は、意味が違うのです。そう思ったら、絶対に三回唱えなくてはいけません。そうしなければ三千世界には届きませんね。三回となえなければ成就ができない。四回では中途半端、多く唱えたければ、六回ですね、更に、九回、十ニ回と三乗…になりますね。しかし、声をだして読むだけでは成就しないので御座います。と次にかかれています。それは肉体改造なのです…。

一日が昼の十ニ時間と夜の十二時間で24時間、人間の身体でも皮膚を臓器に入れれば六蔵六腑です。私は、リンパの仕事をやっていますので、皮膚は臓器であると思っています。私の過去のブログのウイキペディア引用。御参考されてくだされたならば、嬉しいです。

http://ameblo.jp/m-6458/entry-11841606019.html

http://ameblo.jp/m-6458/entry-11841598443.html

お身体に貯蓄さている毒は、リンパケアでデトックス、そして、心を癒やしましょう。

私の仕事の宣伝でした。<2014.12.19>

 

31)肉体改造と心の持ちようを改める事、生半可な事では御座いません。努力が必要になります。

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.37の後半~

メモ:   一般の人々は直ぐにお金を得ようとされたり、地位・名誉・名声・勲章・肩書きを戴きたいとお考えで御座いますが、今度明暗を分けるのは、それらをいずれ完全に捨てられるか否か、でその方々の永遠の固定された明正が決められてしまいます。お金も勲章も、神の世では全く役に立ちません。全て捨て切れる事が出来れば「神代」と為れるので御座います。「赤子の用に為れ」とは、そういう無欲の心で神様の言いなりにせよ、と云う事で御座います。「言とは逆の流れぞ」とは、一般的な見方からすると、反対の方向へ向かうと言う意味だったので御座います。つまりこの世の食べ物が食べれなくなっていく事で働くことも不可能となって行き、「与えよ」と云う様に人に譲って自身の利益が無くなって行く事にもなってしまい、文句や暴力等を被っても一切の抵抗すらしない様になり、収入が少なくなっていく事で御家族内に亀裂が入って来る等、この世で言う「非常識」、「崩壊」の方向へと向かう事になるので御座います。そう言う「落ちぶれて行く事」が「重い石ほど、下へと沈む」と云うので御座います。「一旦、元の世に戻す」のですから、生半可な事では御座いません。皆様方の場合は、先ず「我欲」を捨てられる様にされる努力が必要になります。それに、神様の御声が聞こえる肉体にもしなければ成りません。「火付身神示」を声出して読むだけでは成就はしないので御座います。私が木とお話した事を申し上げますと笑う方がいらっしゃいますが、木々も草も、話しかけて来ているので御座います。それなのに皆様方にはその声を聞き取れる肉体では無い為に、聞こえないので御座います。彼らが話掛けている事すら感知出来ない様では、到底「神代」には成れません。肉体改造心の持ちようを改める事と、神示を声出して読む事と、皆しっかりと徹底させて全うさせなければ成就は不可能で御座います。

<引用者からの一言>

大逆転の時期になったら、今だけ、金だけ、地位だけ・名誉だけ・名声だけ・勲章だけ・肩書きだけ、を頼りになされて、生活をされている方々、上位に居らっしゃる方々程、落ちぶれてしまいますよ、重い石ほど下に沈みますよ、そうなったら、這い上がる事が難しくなりますよ、永遠に固定されてしまいますよ、ということだと思われます。

これは、想念の持ち方なので、今、その様な想念でお暮らしに成られている方々は、それに気付いて、それを手離さなくては、それが永遠に固定され、非常識、崩壊の道へ進んでしまい、引き返すことができませんよ、と言っていると思われます。

お金持ちでもない、名誉も名声もない方々には、無縁だと思われますがそうではありません。力のない人は、むしろ、津波が来たら、直ぐに流されてしまいます。津波がきても、嵐が来ても、地震が来ても、戦争がきても、食糧難になっても、その時々に応じて、対処のできる力を持つことが大切です。それが、神様の御声が聞こえるような肉体になることだと思われます。

巷に、居ますネ。ヨガで、そう言う方とお合いしました。石とお話ができますと言う方、普通のピアノの先生でした。スピリチャルのセミナーに行くと、占い師さんや霊能者さんと言われる方にお会いする事が多いのですが、私は、どうしても好きになれません。今、振り返ってみると、きっと、その方々は、幽界の世界しか見えていないからであると思われます。私が知っている、石とお話ができる方は、明るい方でした。

巷には、植物や動物とお話が出来る方が多くいらっしゃいますね。私も興味があって、そのような方々の本を読み、私のホームページでも紹介していますので、御興味が有る方は、御参照してみて下さい。http://www.kumagai-mitsue.jp/cont12/86.html 「植物と人間の交流」に、詳しく書いています。<2014.12.20>

 

32)心を綺麗にしましょう、悪い事は止めましょう等と言った教えの時代は、もう、終わりなので御座います

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.38の後半~

メモ:「暑い所涼しくなり、寒い所温かくなる」とは、地球で言うならば、地熱の上昇が結果的な直接の原因で四季がなくなっていく事も説明されているのですが、身魂を磨くと云う点に於いても云われていたので御座います。「暑い所」とは「吾憑アツく弥栄ヤサカの所」の意味でも御座います。「寒い所」とは「査仁和サニワしつつ弥栄になる処」の意味でも御座います。「吾憑アツく弥栄の処」が「涼しくなる」、つまり「素澄スズしく為る」事で、「吾が優先で栄えていた部分の代ヨが、基モトの素モトとして澄スめる事になる」と云う意味もございます。「査仁和サニワしつつ弥栄ヤサカになる処トコロ」が「温アタタかくなる」、つまり「吾ア他タ貴タクく生ナる」事で、「選び出して効率にのみ追っていて繁栄していた部分の代が、吾も他も尊重する全体の為に活動する」と云う意味にもなるので御座います。二つの違った方向性が、全体の為に為る用に、「吾憑アツく」と「査仁和サニワ」がそれぞれの特徴をもちながら共鳴し合う様に成る、と云う事でも御座いました。

後、身魂磨きの体験からも判った事で御座いますが、この世の食べ物カが食べられなくなって来る事で「暑い」とか「寒い」と言う感覚迄もが薄れて来た事も御座いました。

「暑い」も「寒い」も無くなって来るので御座います。

メモ:人間の身体と周囲の環境は、「写し世」と言う様に現れで御座います。つまり、「結果」だったので御座います。一般の皆様方は、政治や運動会等の御活動で社会を変えようとされますが、起きてしまった結果から直そうとされていたので御座います。これでは解決ができる訳が御座いません。「原因」から変えなければ治らないので御座います。その原因が皆様方の心の中に、有ったのでした。私は守護神様より、私の周りに居る人間の元が、私の心の中のそれぞれの霊人であった事を教えて下さりました。例えばこの神示フデの編集・公開等に御協力下さっている小山さんや高上さんの現れの元と為る霊人が、私の心の中にもいらっしゃったので御座いました。そういう彼らと和合しなければ為りませんが、神示フデにも「平面でやろうとすると濁ニゴるばかり」と示されてある通り、現れている結果の人間と仲良く手を組むと言うのでは、根本的な解決とは成りません。「悪と手を組む」とは、そう言う方々が現れている元の霊人達と手を組むと言う意味で御座います。心を正す必要性が出てくるのは、心の中にお住まいの霊達と神示を通して和合合一させるだったので御座います・「心の浄化」、「魂の浄化」で言われている、単に「正しい心」、「悪い事をしない」、「道徳を守る」等と言った事では無く、霊と和合合一させて、抱き参らせる努力を私達は実行しなければ為らなかったので御座いました。つまり、「原因」である心の中の霊人と、神示を使った和合させる為の努力をする事が、天へと上がれる「神代」と成れる事だったので御座います。単に「心を綺麗にしましょう」、「悪い事は止めましょう」等と言った「教え」の時代は、もう、終わりなので御座います。平面から立体に入って行かねばなりませんでした。

<引用者からの一言>

二つの違った方向性とは、効率を求めている人々と、全体の為になる事を考えている人々との和合、その人々のエネルギーの元である霊人たちとの二つの和合、そのエネルギーがが共鳴、共振することとなりますね、そうしなければいけませんネ。

いつまでも二方向性で並行のままではいけませんよネ。

効率ばかりを求めて、勝ち組、負け組の二極化をいつまでも続けていれば、それは椅子取りゲームと同じですから、結局は、99%が負け組、1%が勝ち組みの世界になってしまいます。

吾も他も尊重する全体の為に活動をしている活動家が多数いらっしゃいますが、その活動資金を見てみますと、結局、効率の世界から戴いた資金なのです。それでは、意味が有りませんネ。その活動が生産性を生み、更に、循環もできなければ、何処かに、しわ寄せが行きます。

人口での比重を比べてみても、吾:他=1:他数。ですから、吾の人の暮らしが苦しくなっていきます。いつまでも続く筈がありません。とてもとても、結婚して、子供をもって、家族を養うこと等はできません。自分の子孫が息絶えます。

私達は、どちらも大事である事に気付かなくてはいけません。それでは、ニ方向性が手を組むにはどうすればよいのでしょうか?それは、それぞれの立場でそれぞれが考えて行くことであると思われます。我欲ばかりを出さないで、自分が活きて、他人も活きる方法を、個人個人が考えるのです。そうすれば、個人:個人=多数:多数の世界、平等になりますよネ。

共鳴とはそういうことであると思われます。音楽の音合わせをする音叉は、ゴミがくっついていれば、綺麗に共鳴しません。澄んだ音に共鳴するには、まず、身を綺麗にして、ゴミを拭きとらなければいけません。オーケストラにしても、全体が一つにならなければ、不協和音になります。一人でも変な音を出す方がいらっしゃれば、共鳴しません。共鳴するには、全体が一つにならなければいけません。負け組と勝ち組が共に手を組んで、共鳴して、地球のオーケストラ、それが宇宙に響き渡る…、どんな感じになるのでしょうか?

私のホームページの「植物と人類の交流」から、生物と命の違いがお判りになられたでしょうか?今の時代は、生物を見ていて、命をみていないのです。本質を見て居ないのです。結果しか見ていません。結果を見て治療しているのです。

命は生命力であり、エネルギーなのです。エネルギーが共鳴、振動して、現象を起こしているのです。現象は結果なのです。それを言い現わしているユーチューブがありますので、御紹介させて下さい。

『志村則夫先生の命の<レシピ>(1)(2)

https://www.youtube.com/watch?v=NFNIPNwwKf8

https://www.youtube.com/watch?v=UQ6ueCOrfQs

 <2014.12.21>

33)一厘の仕組みて「わ」が「や」と引っ繰り返り、最後に「あ」へとひっ来り返るのぞ。「同じ九十、ニ度

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.39の後半~ 

メモ書き知らすぞ:神代」と申す事は、天地の掛け替へ無ゐ身魂である「」と為る事ぢゃぞ。肉体を持ちておる人民殿、「」であるぞ。守護神殿、「」であるぞ素査成る殿、「」であるぞ。一厘の仕組みて「」が「」と引っ繰り返り、最後に「」へとひっ来り返るのぞ。「同じ九十、ニ度」と申してあろが。

メモ:「神示フデ」の事を「しんじ」と読まれる方が圧倒的に多いのですが、この「日本人(仁翻人ニホンジン)の命綱・火付身神示ヒフミフデ」の「神示」は「ふで」と読みます。読み方が「神示シンジ」では、断片的な解釈となってしまって、意味する世界が小さくなってしまいます。今までの岡本天明さんや中谷伸一さんの「神示」は「しんじ」と読んでも差し支えないでしょうが、この「火付身神示ヒフミフデ」の「神示」は「しんじ」と読んでは誤りとなりますのでご注意くださいませ。「ふで」と読みます。中谷伸一さんの改訂版を元に、最初から最後まで、一言一句、神様より新たに御指示を戴いて、岡本天明さんに降ろされた「ひふみ神示シンジ」が新たに再改定・新訂される形で今回まとまりましたから、結果的に岡本天明さんの「神示シンジ」と同じ語句であっても「同一では無い」ので御座います。一言一句、神様の御指示を戴いている時に、「それはそのまま使ふてくれ」と云われての採用で御座いますし、同じ「ヒツクの神様」でいらっしゃいますから、「金儲けを一切考へない寿余に新たに降ろし直したのぞ」とも云われていらっしゃいました。その時期に神様は「もちと意味広きに取り扱はねば生らぬから、ひふみ神示フデと致すぞ」と云われたので御座います。「神示フテ」しか解決策が無い、差し迫ったこの時期に、お金をいちいち取る様な事では普及し切れないと云う最終段階でも御座います。神様は貧者・富者に関係無く、人々を一人でも多く皆神させたいので。「ただにせよ」、「金取るでないぞ」のやり方に沿う人間に、この神示フデを預けさせて戴いたので御座います。

<引用者からの一言>

私は、ひふみ神示のおっしゃられている「あ」「や」「わ」の意味と、片仮名の㋐平仮名のの違いと、2度ひっくり返る、の意味が、チンプンカンプンでした。しかし、何となく、今、判りました。つまり、今までは、経済発展が発達してきたお陰で、私達の生活が豊かになってきました。しかし、そのしわ寄せが、今、起こっている真最中なのです。環境汚染や森林伐採、緑地が失われ、地震、津波、原発事故、戦争も…、まだまだ、これからも続くことでしょう。

これからは、2度、引っ繰り返らなくては、いけないようなのです。

私達は、今、絆とか、互助とか、助け合いが大事である事にやっと、気付き始めました。しかし、今でも、経済の発展が優先だとおっしゃられている方々がいらっしゃる、その方々は上層部に位座っていて、なかなか腰を上げてくれません。国民はいらだちが募っています。その間を葛藤している姿が現在です。しかし、どんどん、これからも、災害や事故が増加していくことでしょう。そうしたら、今迄通りの経済発展が立ち行かなくなってきます。そこで、今迄の経済発展は一旦、破綻します。生き延びるためには絆や互助が大切であることに、殆どの人達が気付きます。それが1回目のひっくり返りです。しかし、絆や互助だけでは経済が復興しませんから、絆や互助を大切にしながら、経済が発展してくれなければいけません。それが2度目の引っ繰り返りです。だから、2度引っ繰り返らなくてはいけないとおっしゃられているのかと思われます。しかし、神様のおっしゃられている事はそれだけではありません。半霊半物質、人間が肉体改造をしなければ、悪い宇宙人が地球を乗っ取りにきて、人類が破滅に向かいます。その対処には、肉、卵、牛乳、魚介類を、食さないようにする事、それから、植物や動物達と意志疎通ができるような身体になること…。

私達のDNAに秘められた力はとてつもない力が有りそうですね。しかし、一歩一歩進むしかないです。自分のDNAを信じて、自分の閃きを大切にして、自分のDNAが、肉体の自分に向かって投げかけてくる閃きを大切にして、閃きを無視さえしなければ、自ずと、導いてくれるように思われます。

 

最近の私は、納豆キムチ卵かけ玄米雑穀ごはんから、卵を抜いても、おいしく食べられるようになりました。寒くなっているので、白菜が甘くて、キムチがとても美味しい季節になりました。姉が作ってくれるキムチがとてもおいしいのです。しかし、忘年会の季節ですので、あまり、こだわらずに、それも美味しく戴いています。2014.12.22

34)書籍や講演会やインターネット上で訴えたからと言って、隠蔽されていらっしゃる皆様方特に支配者・権

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.11

メモ:火付身神示では脇目振ると悪魔身入る」、「いつまでキリスト色々なものに拘コダハっているのざ」、「キリキリ二又多いぞ」、「真っ直ぐに神を戴イタダいて」と、神示以外の事にはもう、係わらない様にも促して御座います。実は悪神様の仕組みとは要するに異次元間と手を繋げさせない事であり、その為に行う「身魂磨き」をさせない様にさして、総てを切断して「」にするブラックホールにさせるのが真の狙いだったので御座いました。全てバラバラにしてさえおれば、神国を安易に乗っ取れるからで御座います。それで様々な趣味、スポーツ等を考案させて競い合い、協力させる心を失わせて、分断させ合って、それぞれのプライドまで持たせられる様にされて来ました。挙句の果てには支配者側の目論見や秘密等の暴露をさせると言う系列・宇宙人やUFO情報の謎・古代文明や歴史の謎・次世代大替えエネルギー等の、「隠蔽されている」と言う情報を敢えて中途半端にインターネット上等に流させて興味を引かせ、異次元間で手を繋ぐ手段で有る「身魂磨き」を徹底的に疎かにさせようとしております。それで神示フデでは「大事な事、忘れているでないか」、「今度は基の⦿(火)の神を無きものにする計画である」と、注意されていたので御座いました。では何故に基の大神様は、そうした悪神の仕掛けを御許可されているのか、とも思われますが、それは「何事にもそれに合致させた努力が必要である」事を、体験に因って学ばせようとされるお取り計らいが有ったからで御座いました。趣味でもスポーツでも、上手に成りたければ上手になれる様にそれぞれに努力致します。陰謀系情報だって、収集には努力と協力が必要で御座います。陰謀系である支配者の計画・隠されていた新技術・暴露等や宇宙人UFO関連情報、世界の遺跡の謎等は、公表される為の努力も大変素晴らしい事でも御座いますが、基本的には「御魂を磨かせない計画」の悪神の術中にハメられていた事も事実だったので御座いました。冷静になって考えてみれば明らかで御座いますが、そう言った「公にされていない情報」について、いくら書籍や講演会やインターネット上で訴えたからと言って、隠蔽されていらっしゃる皆様方特に支配者・権力者)が、正直に公表される訳が御座いませんでしょう。それに仮に公にされたからと言っても、実現されるとも限りません。利害関係が最後まで絡みますから、実現は最後まで叶えられません。つまり結局の所、そういう情報を広められる活動家の皆様方は、決して埒開く事の無いそうした内容について御自身が滅びるまで御活動されていらっしゃるだけで社会的な効力は無く悪神の思惑通りに彼等に引き寄せられた方々まで一番大切な「御魂磨き」を疎かにさせて一緒に道連れにさせ続けるだけだったので御座います。身魂を磨き切れば、全てがお見通しとなりますから、何でも判らない事は無くなるので御座います。それだけでは御座いません。御自身の一生まで幸福が保証されるだけで無く、現在の我善し社会まで崩壊を加速させて、尚且つ多くの一般庶民の皆様方の為に迄なるので御座います。それぞれの御活動も大変に素晴らしい事の一つでは御座いますし決して悪い事では御座いませんが、神示にある通り「真っ直ぐ」に、「御魂磨き第一」で、これからは生活さして行く事がベストだったので御座いました。

<引用者からの一言>

一二三神示のタイトルのメモの書き始めの文章に戻っています。私は、興味のある本を読むときには、始めと結末を読んでから、中味をじっくりと読む癖があります。

私が、初めに投稿した一二三神示のブログの4番目の続きになります。しかし、少し、引用を飛ばしているので、御興味のある方は、URLをクリックして、原文をお読みになられてください。

御釈迦様が自分の教えは21世紀では、通用しなくなるとおっしゃられたと言われています。そこで、納得しました。道を教えてもらう時代は終わっているのです。これからの時代は、仏教やキリスト教や他の諸々の宗教の教えをいつまでも机の上で勉強する時代は終わっているのです。それにいつまでも執着していたら、ロボット人間をつくるだけなのです。修業の時代を終わりにして、これからは、自分の道を歩く時のようです。自分の身魂磨きになりますね。私が通ったヨガのスタジオは高額な費用で、「真我の発見」とか、「神人合一」とか、取り敢えず、私も受けてみましたが、どうも、即席(ラーメン)を作っているだけに過ぎない様に思われて、止めました。もっと、じっくりと御魂磨きをしたいなと思い、日本の武道に挑戦することにしました。今は、合気道に挑戦しています。しかし、初歩で、一年間しか経っていません。

道場でトレーニングをされている方々を眺めてみますと、上段位を目指すのが目的になられていらっしゃる方々が多くて、どうも違うかなとも思っていますが、取り敢えず、身体を痛くしながら頑張っています。

合気道の創始者の植芝盛平氏は出口王仁三郎氏の弟子です。競い合わない武道を考案した創始者です。未来を憂えての、未来の子孫に伝えたい想いが、合気道に込められているように思われます。今では、世界中に浸透されています。身魂磨きには優れているように思われます。

「身魂磨き」の言葉には「心」と「意識」が含まれていません。「身体」と「魂」だけです。「心と意識」がありません。身体を磨く事が、「体験」であり、「学び」であり、「御魂磨き」なのです。心と意識は邪魔なのです。

「お茶」も同じですネ。身のこなしをきれいにすれば、自然と自分の心が落ち着いてきます。身体の動きを優先にしなければ、御魂磨きになりません。くよくよと考えてばかりいたら、病気になってしまいます。そう言う方とお付き合いすれば、自然と自分も病気になってしまいます。何も考えない事、先ず、行動しましょう。それが御魂磨きになると思われます。<2014.12.23

35)「考える」の幽界世界、それに合致させられた姿、万物全てが自業自得の結果だったので御座いました。

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.12

メモ:悪神に誑タブラかされて、「火水」が「秘密」とされてしまっておりました。「づ」が「ず」に、タブらせられて、基の意が判らなくさせられていたので御座いました。他にも「むつかしい」が「難ムズカしい」、「ぐづぐづ」が「ぐずぐず」、「気付ヅく」が「築キズく」、「出づ母」が「出雲」等、基の意味が判らないようにさせられてしまいました。これだけでは御座いません。仮名五十音ですら、間違って覚えさせられております。現在は「あいうえお」と学校等で教えておりますが、正しくは「あおうえい」だったので御座いました。「あ」とは「頭」の部分であり、「お」とは左手の部分、「う」とは左足の部分、「え」とは右手の部分、「い」とは右足の部分で、「あおうえい」が頭→左手→左足→右手→右足の順に正しい配列と成ると言う事で御座います。今のままの「あいうえお」では「考える」と言うことで頭「吾魂」が各代から切り離されて下にさせられた上に、右足→左足→右手→左手と、手足が上下に引っ繰り返って左右まで逆とさせられておりました。つまり、「逆様」状態だったので御座います。神を無きものにさせると言うことは、「上(神)」を下にさせて自分が「上」に成ると言う事で御座いますから、本来の「上」である「神」が、下に成って坂様にさせられた上に、右足→左足→右手→左手と、上下にひっくり返って左右まで逆とさせられてしまっていた、と言う事で御座いました。これでは苦しい事にも当然なって来ますよね。逆立サカダチほど辛く苦しい態勢は、長くは続けられません。「左」とは「火足ヒダり」や「火妥理ヒダリ」の意味であり、基の代の神様で有る「⦿(火)」が足りる事、「⦿(火)に妥協される理に適カナった事」と言う意味でございますから、「左」が「右」よりも先にこなければ成らなかったので御座います。「右ミギリ」とは「水極理ミギリ」の意味であり、「身(水)を極める理」とか「肉体(物質)に傾斜する」と言う意味で御座いますから、「左」が「右」よりも先に来なければ成らない事であり、霊界や神界の事でも御座います。つまり神界・霊界が主であり、肉体は最後と言う訳で御座います。それで、神が上、つまりは左が先で、肉体(身)が下、つまりは右が後にならなければいけなかったので御座いました。「」とは神界・霊界の人々の「個個路}の事で御座います。「個個路」には「考える」部分の幽界世界と、直感の様に伝わる神界の世界と大別出来ます。それぞれの世界(代・位)にはそれぞれの「位路」が有ったので御座いますから、神代ではそれぞれの個個路悟頃ココロゴコロに合った環境の御魂に合致された姿に成るので御座います。上下左右が逆様のままならば、それに相当する環境の、それに合致させられた姿にしか成らないので御座いますから、どんな事でも万物全てが自業自得の結果だったので御座いました。

<引用者からの一言>

リパマッサージを始める場合には、右側からの方がよいのか、左側からの方がよいのか?その順番の根拠が、未だに分かりませんでした。

私が習得したスクールではドイツ式のDLMだったのですが、日本DLM技術者会が出版されている出版物をみても、「片則から始める」…、どっちとも書かれておりません。巷で溢れているリンパマッサージの書物は、右則から初めて下さいと書かれている場合が多いようです。左側から始めると書かれている書物に、未だお目にかかっておりません。

西洋のマッサージの基で有るスウェーデンマッサージの書物をみてみると、基本は求心性と書かれていて、左右は、書かれていません。

足裏マッサージで有名なリフレクソロジーには、心臓の反射区は左側に、肝臓の反射区は右側にある、と書かれていました。

私は私が習得したスクールの左側からで施術をしています。神示に、左(神)が先、右(肉体)が下で理にかなっている、と書かれていますので、私が行っている、左側からスタート、神界からの御力が戴けそうですね…、自分のケアの確信を持つ事が出来ました。

太陽に手をかざす時には、左手を太陽に、右手を胸に置きますよネ。坐禅を組む時には左手を下に、右手を上に組みますよネ。踏切を渡る時の左右の確認ですが、実際には右見て、左見てと逆となってしまっています。変だな、とは思っていましたが、最近、リンパのお客様で交通事故に遭われて、その方は狭い道路で、しっかりと左右の確認をされたと言われています。左右をしっかりと確認していても、事故に遭われたのです。その方は、きっと前世からの因縁なので、避けられなかった事故であると言っていましたが、私は、もしかして、左側から左右の確認をしていたならば、もしかして、神界から御力を戴いて、事故に合われなかったのではないのかな? と、一瞬閃きました。

私達は間違った学習をされている事が多くあります。これからの波乱の世の中を生き延びるためには、間違っていることに早く気付く必要が有りそうです。

実際の左右が、みぎ、ひだりと言ってしまうのも、学習がそうさせていると思われます。合気道では、右足と右足を同時に前へ出します。逆です。歩く場合も右足と右手が同時に前に出します。昔のお侍さんの歩く姿なのであるそうです。私達は戦後に、その歩き方を直されてしまったようです。私は合気道では、身に就いた習慣が邪魔をして、なかなか身体が思う様に動いて呉れません。一年経っても、なかなか、難しいです。

合気道などの日本の武道には、神界に通じるものが有りそうですね…!?。<2014.12.24>

36)「身魂を磨く」と云う事は、要するに「勘が当たる様に成る」と云う事だったのでも御座います。

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P.13

メモ:「夜が明ける」とは、「が明ける」と言う事、「代が開ける」と云う事で御座います。誠の夜明けならば、自分自身の内なるものまで全て判る事に成るので御座います。つまり、「お見通し(御通し)」と成れるので御座います。「御見通し」の「御通し」とするには、幾層もの異次元世界の外側から順に和合合一するより、他に手段は御座いません。ピラミッドの様に、下から順に積み上げなければ、頂点には達しません異次元間を通して、リレーしなければ成らないので御座います。それが出来て初めて、全てがお見通しに成れるので御座いました。お互いに情報交換がやり取り出来る事になりますから、目先の細かい物事から遠い先の物事まで、全てが判る事に成るので御座います。「身魂を磨く」と云う事は、要するに「勘が当たる様に成る」と云う事だったのでも御座います。「」は自分の判らない事までも、当てたり教えたりして下さいます。その「」を、百発百中にさせる事が、身魂磨きでも御座います。が働いて、何でも当たるように成るからこそ、「無駄な行動」が減って忙しさが段々と楽に成って来るので御座います。先が見え透くと、無駄な事は致しませんからネ。

メモ:神示では、「海の水ある。それ鳥居ぞ」、「鳥居は要らんぞ」と御座います。その「水」とは、「物質に偏った」と言う「」の事で御座います。物質偏重の世の中で有るから、鳥居で個の火等ホウラの神々様を締めて釘付けにさせてしまって、「善の神の力、出ぬ用にしている」と成っておりました。つまり、地表ならば日本列島の周囲に水が溜まって、ユーラシア大陸から切り離されている状態でもあり、腹では十ニ指腸として現れ出ている神の国・仁翻ニホンの周囲に、水の現れで有る「脂肪」を沢山付けている状態でも御座います。

神代とは全てが繋がる事であり、「仁」の「人々が寄り添って親しみ合う事」に「翻ホン」の「翻ヒルガエす」事の意で有る「仁翻ニホン」の事でも御座います。神示では「仁翻と日本と取り違いするな」と示されており、現在の日本と神代の仁翻とは別である事も訴えられておりました。今の日本とは地上世界に現れ出ている「島国・日本」の事でもあり、鳥居で神々様を締め付けている状態の供仁愚爾クニグニ・人々の事で御座います。陸地を切り離し、各代バラバラにさせている事の現れで御座います。従ってメタボも良くは御座いませんし、現在の日本列島も周囲の水を排水させて陸続きとさせなければいけません。水を減らす為には火で水蒸気とさせて、蒸発さして天へ順に上げて行かなければいけないので御座います。(ちょっと、引用を飛ばします)誠の「祓ひ=腹火」と云い、「肉体の祖先の気(基)から」と言う意味で「禊祓ひ=身祖気腹火」と云う解釈も出来る事に成るので御座いました。お料理も火を通して、美味しく長持ちさせられます。「火を通す」事で、「命も長く成るぞ」で御座いました。

<引用者からの一言>

私には、山登りが好きな友達が身近にいましたので、若い頃から、一緒に、色々な山に登った経験があります。五年程前に、富士山に家族で登りました。その時に、私は神様に出合ったような感じを受けました。昇り始めの時から最後まで、何かに見張られている感じがしたのです。その時には感じませんでしたが、自宅に戻ってから感じられました。

最近、私は、合気道の初回の7級の審査を受けました。その時のような感じなのです。つまり、合気道の審査は、10人くらいを一斉に受けるのですが、私の一挙一動、審査員の鋭い目が私に降り注がれるのです。そのような厳粛な感じです。

富士山登山の時から、私の日常の生活でも、その鋭い、厳粛な眼差しが、時々、頻回に、感じられるようになりました。しかし、その感じは、幼い時からあったことにも、気付かされました。つまり、いつでも、何処でも、神様はお見通しであったのです。それを、私は、やっと、五年程前に気付いたのです。我々は、この世に生まれた時から、神様は私達を審査しているのです。そのことに、私は、五年程前に、やっと気付きました。それを、気付いたからは、怠けてはいられなくなりました。以前よりも一層、自分磨きをしなくてはいけないなと感じられる様になりました。そう思ったら、いろいろと、閃きも訪れました。しかし、たぶん、今までも閃きがあったのだと思われます。しかし、私はそれに気付かなかっただけなのです。気付いたとしても、それを無視していたことに気付きました。そこで、私は、閃きに注意を向けるようになりました。閃きは頻回に訪れているのですが、ついつい、見逃してしまいます。見逃してしまってから、後悔の連続です。しかし、それが身魂磨きであると思います。つまり、閃きの量は、自分の心掛け次第なのです。私が周囲にどれだけ、注意を向けられるかどうか、それが、勝負なのです。それには、身体が睡眠不足ではいけません。十分に睡眠をとって、身体を十分に休めていなければ、閃きに気付くことができません。私が五年前に気付くことができたのは、子育てが終了して、身体の疲れが少なくなってきたからであると思われます。毎日が忙しければ、きっと、まだ、気付けなかったと思われます。更に、お腹の脂肪を取り除く修業も大切なようですネ、頑張りましょう。<2014.12.25>

37)「鳥居は要らんぞ」鳥居で個の火等ホウラの神々様を締めて釘付けにさせてしまって、「善の神の力、出

<前前回の筆に戻っています>

メモ:神示では、「海の水ある。それ鳥居ぞ」、「鳥居は要らんぞ」と御座います。その「水」とは、「物質に偏った」と言う「」の事で御座います。物質偏重の世の中で有るから、鳥居で個の火等ホウラの神々様を締めて釘付けにさせてしまって、「善の神の力、出ぬ用にしている」と成っておりました。つまり、地表ならば日本列島の周囲に水が溜まって、ユーラシア大陸から切り離されている状態でもあり、腹では十ニ指腸として現れ出ている神の国・仁翻ニホンの周囲に、水の現れで有る「脂肪」を沢山付けている状態でも御座います。

神代とは全てが繋がる事であり、「仁」の「人々が寄り添って親しみ合う事」に「翻ホン」の「翻ヒルガエす」事の意で有る「仁翻ニホン」の事でも御座います。神示では「仁翻と日本と取り違いするな」と示されており、現在の日本と神代の仁翻とは別である事も訴えられておりました。今の日本とは地上世界に現れ出ている「島国・日本」の事でもあり、鳥居で神々様を締め付けている状態の供仁愚爾クニグニ・人々の事で御座います。陸地を切り離し、各代バラバラにさせている事の現れで御座います。従ってメタボも良くは御座いませんし、現在の日本列島も周囲の水を排水させて陸続きとさせなければいけません。水を減らす為には火で水蒸気とさせて、蒸発さして天へ順に上げて行かなければいけないので御座います。(ちょっと、引用を飛ばします)誠の「祓ひ=腹火」と云い、「肉体の祖先の気(基)から」と言う意味で「禊祓ひ=身祖気腹火」と云う解釈も出来る事に成るので御座いました。お料理も火を通して、美味しく長持ちさせられます。「火を通す」事で、「命も長く成るぞ」で御座いました。

<引用者からの一言>

家の鳥居はどこにあると思われますか?私は玄関であると思われます。厳重に作られた玄関ドア、玄関ドアには、二重にも三重にも錠があります、さらにチェーンも付いています。玄関ドアで、よそ者をシャットアウトができます。更に、インターホンがあります。インターホンで声と画像が確認できます。

部屋の中は、四方八方、外から見えません。でも、まだ、日本は見える方ですね。我が家の夫がメキシコ出張でメキシコに行きましたが、メキシコの住宅の一階は、ガラス窓がありません。一階は全部壁だらけなのです。ガラス窓があると、ガラスが壊されて、外から侵入されます。私の姉宅ですが、新しく家を建ててから、泥棒に三度も入られたようです。居間が道路側から見えにくい場所でもあり、日中は留守がち、泥棒が入りやすかったようです。

私が幼いころに住んでいた家は、縁側という広い廊下がありました。私は父親が作ってくれた、縁側にあるブランコでよく遊びました。

隣近所の方々は、縁側の廊下で我が家の庭を眺めながらお茶のみをしていました。農繫期には隣近所の方々が手伝いに来てくれて、昼食後には、廊下で昼寝をしていました。

縁側は、隣近所のコミュニティーの場所でした。

昔の家に、鍵や錠がなかったわけではありません。冬には、家族揃って、温泉に一週間以上も行きます。夏には海にもいきます。家を留守にする時には、玄関に錠を掛けて、雨戸を閉めて出かけます。

高度成長の時代に入って、縁側が、どんどん消え失せてしまいました。きっと、これも、善の神神様のお力が出ないようになってしまったのでしょうね…、悪の神神様の天下になっていたからなのでしょうね。そのことに、我々は気付かなくてはいけないと思われます。

今では、隣近所のコミュニケーションの場はすっかりと消えてしまいましたが、その代わりに、コミュニケーションの場は、公民館に移りました。公民館は自冶活動です。地域に住んでいる方々の活動です。私は、今迄、サラリーマンであったため、公民館の仕組みが、よくわかりませんでした。あちこちに沢山ある御立派な建物、どこに入っても、いつもガラーンとしていて、使い勝手が悪い。規則がうるさすぎて、ここは止めた、次の公民館も止めた、次も止めた、今は四度目です。今の公民館は、使い勝手が良いのですが、しかし、駅から遠い、バスが通っていない、道が狭くて、車の通りが激しい、歩くのに危険、そこで、次も考え中です。

鳥居を無くすことは、これからのグローバル時代には、日本では、より、困難でしょうね。

そうなると、公民館を上手に使えば、コミュニティーの場所になるはずなのですが、なにしろ、公民館は使い勝手がわるいのです。どうしてかと言うと、規則がしっかりしているからです。お金は沢山とってはダメ、会則を作成、帳簿を付けて提出、定期的に会議、市内に住んでいる方、等々、更に、抽選、やはり、使い勝手が悪いのです。

ここはいいかなと思っていたら、上司が入れ替わったり、受付のメンバーが替われば、なんだかんだと、根も葉もないことを言われ、止めた~、になってしまいます。

公民館がどんどん、民間の手に渡っているようなので、それが少しずつ解除されていますので、そのような場所を、今は狙って、活動をしています。何をするにも、情報を集めることは大事ですね。
 

 

 

38)位座成気の巳言が相談に上がられた時には、巳言の内側世界の不和から話が拗コジれてしまったので御

 

 

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P.14~ 

メモ:神示フテでは、霊と話すのは良くないと云いつつも、霊肉共にと云われております。霊にも動物霊霊人もいらっしゃいます。と成る「」とは神示で現れた霊人の「」で御座います。動物霊天狗霊の事では御座いません。「神掛かりにも色々有る」と云う様に、掛かる霊にも気を付けましょう。゙

メモ:「蘇る」とは、「黄泉環る」と言う意味でも御座います。神示を「読み返す」事は、基の世に「蘇る」事で「黄泉環る」事だったので御座います。「黄泉」とは位座名言が火は途を開ける為に先にお住まいに成られて居る世界でも御座いまして、位座成気巳言が最初に相談に上がられた時には、巳言内側世界の不和から話が拗コジれてしまったので御座いました。今度の大峠では内側世界を一つずつ和合に因りグレングレンと引っ繰り返りながら統一させて行く、その一つ一つが各々の巳言が合い抱き合う身魂(巳霊)になって、常にその都度内側から開かれる事になって行くので御座います。その内がわ世界がそれぞれの「黄泉供仁ヨミクニ」であり、仙人界で御座いました。仙人を神示の道へ進む「共」として選任させて行くので御座いますから、「選択」であり(霊の選挙)、で要らない者を這いにさせて納にさせて行きますから「洗濯」して行くので御座います。和合する度に開いた側の位座名巳言が神示で説いた位座成気巳言と合い抱き合った時には、上下がグレンと引っ繰り返って名巳が下に入れ替わる(隠れ身)事に成りますから、霊が名巳ナミ、身が成気ナギの関係も逆転して「霊身→身霊」の身霊と成るので御座いました。こうして仙人界を一つずつ、黄泉還る言で御座います。

<引用者からの一言>

十五年程前に、我が家の新築と同時に、神棚と仏壇を購入しました。神霊仏具の説明書には、「地獄の御先祖様が救われる」と書かれていました。それを見て、もしかしたら、この世に生きている、殆どの人間の御先祖様達は、地獄に住んで居らっしゃるのかもしれない、と思われました。かといって、毎朝、新しいご飯を添えて、拝む…等、仕事に追われてできるはずがありません。やっと、定年退職してから、時間にゆとりが出来ましたので、できるだけやるようにしていますが、かといって、我が家は、朝ご飯は食べませんし、ご飯も毎日炊きません。ご飯を焚くのは一週間か二週間毎、冷凍しています。それでも、毎日お祈りをするように、務めるようにしています。

そこで、「禊祓い」を、暗記しました。しかし、間違っていたのです。

先ず、「穢れ」ですが、一ニ三神示では「憑み穢れ」のことであると云われていました。更にもう一つ、イザナのミコトしか書かれていません。イザナのミコトが抜け落ちています。女性の神様が書いていません。この地球の85%迄はイザナのミコトとイザナのミコトが御一緒にお造りに成られたのですから、イザナのミコトも入っていなければいけません。それを忘れられているのです。

神社の神主様は、きちんと、イザナのミコトも唱えていましたよ。

神棚の販売主様が、間違って書いているだけなのです。それを、私達は、毎日唱えさせられているのです。だから、男優位の世の中になってしまったのかもしれません。しかし、イザナのミコトが、未来の先の先に進まれていて、イザナギのミコトが反省するのを、じっと、未来で待っておられるのです。しかし、そこに行くには、内側世界が和合してグレンとひっくり返って、統一した人間に成らなければ、行く事ができないようです。

男性が、いつまでも女性を馬鹿にしていてはいけませんネ。女性であっても、男の仕事と同じ社会の中で、振り回されてばかり、結婚もしないで、子供も産まないで。しかし、結婚して子供が居ても、同じ事です。きちんと女性の務めを果たさなければ、半人前、グレンとひっくり返りません。

女性の仕事は人間の内側(心)を支えるお役目なのです。その心を疎かにしていたがために、今の世界では、男も女も、荒廃してしまったのです。

世間を眺めてみると、本当に深刻です。うつ病がどんどんと増えて、一家に二人とか…、ニートも二人…、更にボケ(認知症)が氾濫…、あの世もこの世も地獄です。

男性も女性も目覚めなくてはいけません。それには、先ず、結婚して下さい。そして夫婦が仲良くして下さい。子育ては夫婦共同で行って下さい。男性が仕事、子育ては女性、それでは、原始時代と変わりありません。その様なお考えの方は原始時代にお戻りに成られて、這いずり廻っていた方が幸せかもしれませんネ。

子育てをしっかりしなければ、その子供の心は、これから氾濫の時代、生きて行けなくなります。子供の心が破壊されていたら、その子供は、未来、親が居なくなってしまったら、どうなりますか?本当に可哀そうです。女性だけでは、もう無理です。男性も子育てに参加してください。1216歳までの子供の心をしっかりと育ててください。そうすれば、その後は、もう大丈夫です。それまでは、仕事よりも子育てを優先にして下さい。仕事は取り返しがききます。しかし、子育ては取り返しが出来ません。

夫婦が仲良く子育てをされている姿は美しいです。そして、お年寄りになってからの夫婦生活や認知症や介護の問題は、いかに男性が子育てに協力したかがカギですよ。

男性諸君よ、老後に女性や子供から見離された生活程、淋しいものはありませんよ。子育ての時から、女性や子供を大事にして下さいネ。<2015.1.11>

39)今度の大峠を乗り越えられるか否かの鍵は、如何にして「間の神」を良きに導き出して手を繋げさせて戴

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P.14後半~

メモ:今度の大峠を乗り越えられるか否かの鍵は、如何にして「間の神」を良きに導き出して手を繋げさせて戴くか、が将来を分けてしまいます。「間の神」を和合合一させられましたら「真の神」とさせられて、それが出来なければ「魔の神」として現れ出てしまうので御座います。

メモ:今度の大峠を乗り越えられる否かの鍵は、如何にして「間の神」を良きに導き出して手を繋げさせて戴くか、が生来を分けてしまいます。「間の神」を和合合一させられましたら「真の神」とさせられて、それが出来なければ「魔の神」として現れ出てしまうので御座います。

<引用者からの一言>

魔の神」「間の神」「真の神」と三通り、同じ呼び方…、面白いですネ、今迄は、世界を支配して来たのは、「摩の神」、それが行き詰まってきて、まさしく現代は「間」ですね。果たして、「真の神界」へと行けるでしょうか?

色々な書物をよんでみると、鍵は、やはり夫婦の愛であるように思われます。つまり、男女の愛が鍵なのです。我が家も含めて、男女の愛は、結婚したとしても、その後の夫婦の愛は、老夫婦に進むほど、どんどん、愛が冷えきって行きます。これは、どうしてこうなるのでしょうか?

私が親しい友人と、おしゃべりを始めていると、私の口から、自然に、夫の愚痴を発しています。それを、我が家以上に、夫との不和で、子供にまで被害に合っているはずの友達の口から、「その言葉が無ければ、あなたは、ほんとうにいい人なんだけれどネ。」とつぶやかれてしまいます。その友達は、夫との間の問題で、子供に被害が出ていて、一番苦労をしている筈なのです。その方からは、ほとんど、夫の愚痴が聞かれません。夫よりも自分を責めているからなのです。

更に、リンパのお客様から、夫婦の関係を尋ねてみると、殆どの主婦の方は諦めきっています。子供が無事に成長してさえくれれば、それで満足されています。しかし、夫婦の愛は冷えています。夫の毎日の三度の食事を、会社で、夫が働いて呉れた代償として、一生懸命、弱っている身体でも、けなげに、毎日作っています。

昔から、夫婦の間には、他人が口を挟むものではない、とやかく言うものではない、と言われていますが、今ほど、それを、明るみに出さなければいけないのではないのでしょうか…。

私の夫婦間を例にしますと、原因は、夫と初めて出合った頃に迄、遡って、それから、延々と子育てでの不満の数々、その積み重ねが原因です。もう、すっかりと、夫婦の愛は、消えてしまいましたネ。あるのは、縁だけです。縁だけが深くなっていきます。

私の場合は、共働きで有ったので、他の夫婦と比べて、まだ良い方かもしれません。言いたい事はどんどん言えます。夫だけの収入で生活してきた主婦は、殆ど諦めきっています。男が、家庭の仕事は女がするものだと、割り切られています。

私の場合は、夫婦共働きで有ったから、子育てはもちろん、夫に家庭の仕事を手伝ってもらいました。しかし、手伝ってくれたのは、子供が小さい頃だけでした。子供が小さい頃は、学童の活動にも率先して参加してくれましたが、子供が成長すると共に、会社の仕事の方もどんどんと忙しくなってきて、家庭よりも仕事の方が大事になってきたようです。家庭の事はほとんど顧みなくなりました。それは、社会の変化で、仕方がなかったのです。しかし、定年した今の男の精神、それが、更に、顕著になってしまっているのです。

男の仕事、女の仕事と二極化、太古から現代まで、根強く残っているのが問題なのです。物質の世界の二極化は、既に終わっているのです。それを、まだ、男は続いているかのように錯覚して、年老いた配偶者が、くたばる迄、食事を作れと、求めています。もし、くたばってしまったら、男性はきっと、三年後に、自分が亡くなって、今度はあの世でも、配偶者をこき使うのでしょうか?この世も地獄、あの世も、女性は男性にこき使われて、地獄なのでしょうか?

愛がある夫婦であれば、お互いに身体を労りながら、老夫婦で食事を作ると思われます。それを、一方的に、女ばかりに作らせています。俺は出来ないから、と言う理由なのですが、それは屁理屈です。身体が思う様に動かなくなっていますが、女性とて同じなのです。そこを、男性が頑張ってくれれば、女性は愛を感じられます。しかし、今の老夫婦にそれを、改めさせようと思っても、手遅れかもしれませんネ。しかし、感謝の気持ち、その心が有れば、取り戻せられるかもしれませんが、その感謝の気持ち、今の日本男性の身体からは、全く、感じられませんネ。

私は、男女の愛が大事であると思って、以前、ブログにも書いたのですが、その本の会社からクレームが来てしまって、全て削除しました。しかし、面白いですネ、削除したブログのアクセス数が毎日多いのです。<2015.1.12>

40)神示が腹に入らない人々の事をコンニャクのお化け,フナフナ腰,歩けなくなる、四つん這いで這いまわ

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P.14後半~

メモ:を出す」とは「私利を出す」と言う意味でも御座います。「を出す」事でも御座います。おを出す時は大概トイレで御座いますから、私利を出される時も相手の「方便」が出て来るので御座います。「私利を出す間」は、同次元界(同者)の食料が必要になって来ます。私達が日頃戴いている食糧は、皆、「同物」だったので御座いました。従って「同物の入れ物」化していたので御座います。だからこそ「便)」が出るので御座いました。人間の背骨の尾骨が「に相当する部位で、私達は神示に因ってその「尾骨」から上へと背骨を形成させていかなければ成就出来ません。その「背骨」が自身の内側世界の「自分達」の御存在の現れでもあったからで御座います。それで神示がに入らない人々の事を「コンニャクのお化け」とか「フナフナ腰」だとか「歩けなくなる」、「四つん這いで這いまわる様に成る」等と表現されていたので御座いました。

私達は神人を目指す上で、「何もかも捨て切らねば成らん」と云う様に、「私利=我」を如何に出さない用にさせられるかで、今度の大峠が越せるか否かを自分から決めてしまいます。神代と成れば「不潔物、無くなる」と明記されている通り、「便」は無くなります。「言上げせぬ」と云う様に、「」も無くなります。便も出さずに済まされる神人に成る為には、「私利も出さずに居られる」用にさせなくては成就出来ません。それには如何にして同次元の食物より異次元の食物(諸供持つ)の割合を増やせられるか、それが一ニ三神示に因って現れた「霊」の云う事に従って生活(霊主体従)を送る事だったので御座いました。私利)から吾魂)まで背骨の形成で繋がれば、神人に成るので御座います。私利を無くしましょう。つまり「我」を無くす事で御座います。また、異次元の「食べ物」とは、神示に因って現れた神様(仙人)の事で、異次元(他)を経た方(者)の意味でも御座います。「他経者」の事で御座いました。

<引用者からの一言>

スピリチャル系のセミナーにいきますと、殆どの講師の口から、霊主体従の言葉が聞かれます。身体よりも、心が大切である。心が身体を動かしている、身体は肉の塊である、死んだら身体は物体になり、腐るだけ、だから、心の方が大事であると…。

私は、その考えに対して、反感を持っています。自然が大切というなら、お身体も自然です、お身体を大事にしなければいけないに決まっているでしょう。

神示に因って現れた「霊」の云う事に従って生活(霊主体従)を送る。これなら、納得します。つまり、いつでも、どこでも、神様は御見通し。神様に恥じない生き方をしましょう、という事ですネ。

心はコロコロと変わり、嘘もつきます。心が間違っていれば、身体が病気になります。それは、身体が主だからであるからだと思います。心が身体を振り廻しているかのように見えますが、実は、身体はけっして振り廻されていません。身体は素直に心に反応しているだけです。身体は嘘をつきませんから、心が嘘をつけば、身体は素直に心に反応して、病気になります。心が嘘をつかずに、正直になれば、身体の病は元に戻ります。これって、主がどっちで、従がどっちであると思われますか? 身体が主であるからではありませんか? 身体はけっして、心に振り回されてはいないのです。心の方が身体に振り回されています。自分の心を変えない限り、身体は言う事を聞いてくれません。だからいつまでも病気は治りません。結局は身体が主であるからなのです。身体の細胞が神様でもあるように思われます。

身体の細胞の一つ一つに心があります。60兆個の細胞の一つ一つに心が有るのです。60兆個の細胞一つ一つに耳を傾ける必要があるのです。それは神業です。人間には、それが出来ないから、殆どの方が病気になるのです。

心が忙しければ、病気になります。心が忙がしければ、ある日、突然、病気になります。反対に、身体を癒し、身体が喜こぶことをどんどんすれば、どんどん元気になります。そして、身体が元気になると共に、心も喜びます。身体も心も両方共に喜べば、真の幸せが感じられます。つまり、心と身体は両輪なのです。二つで一つ、どちらも大切なのです。しかし、まだまだ、私達は、心が未熟なのです。まだまだ、身体よりも心が劣っているのです。身体は神様が何十億年もかけて、創造されたのですから、身体の方が心よりも高度なのです。それを、人間の浅はかな知恵で、身体の病気を治そうとしても、治りません。自然界が、寧ろ、身体を治してくれています。特に冬の朝日の光のパワー、全身に浴びることは、心が晴れ晴れとなり、身体が喜こびます。

心が成熟すれば、この世から病気がなくなると言われています。つまり、私達は、まだまだ心が未熟であるから、病気になるのです。病気を直すには心を成熟させる必要があります。

私利私欲は、典型的な未熟な心、不潔であり、便でもあり、便秘が長く続けば、身体が臭くなります。下剤を使って、排泄をしなければいけません。

尻から尾骨へ、背骨へと上がって行き、内側世界へ…。そして腹に入れる…。神示を、一つ一つ、腹に入れて行く作業…、これからの荒波の地球を生きて行く為には、人間も神様も必死なのではないのでしょうか?

話が変わって、私達の御先祖様達が、海から陸に上がられた理由…、何故、陸に上がられる決心をされたのでしょうか? きっと、未来の世界では、海が放射線で汚染されて住めなくなる事を予想?そうでないにしても、天変地異が有る事を知って、海よりも、陸に上がった方が安全であると思ったから? 理由はどうでもいいのですが、初めの生物は海で発生しました。そして、陸に上がるのを余議なくされたお魚様達は、その時に、殆どが自滅されたのです。しかし、ほんの一部のお魚様達が、悶えながら、身体を変化させることが出来たのです。鰓(えら)から肺が出来あがって、陸上の酸素が吸えるようになり、更に、背骨が丈夫になって、地上の重力に耐えられる身体へと変身されたからなのです。その変身を無事に達成されたお魚様達だけが、陸上で生活ができるようになったのです。それが海から陸上への世界への選択です。そして、更に、幾10億年も経ちました。そして、現在、次に変化する時期に来たのではないのでしょうか? 果たして、どれだけの生物が生き延びる事が出来るのでしょうか? 今度はどんな試練が、私達を待っているのでしょうか? 私達は、無事に乗り越えられるのでしょうか? 乗り越えられる手段が、この神示であるように感じられてなりません。それが、御釈迦様やキリスト様がおっしゃられている、愛や慈愛、更に、今、私達が気付いている、絆、つまり、助け合いだと思われます。愛の絆が強ければ、波乱の世の中を生き延びる事ができるのではないのでしょうか?
<2015.1.13> 

41)身魂が磨き切れなかった全ての方々、身魂に匹敵された姿にそれぞれ化かされて住む吾供の世界(幽界)

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P.14後半~P17前半

メモ:の火ホウ」とか「の花作治姫様ハナサクヤヒメサマ」とか「しい」の、「」も「」も「」も、原文では全く同じ「」の事で御座います。つまり全体が一つに成るので御座います。「」も、団体を意味する「」も、結局同じ意味に成ってしまうので御座います。それは、「自分」でもあり、他人でもある、と云う事だったので御座いました。「善()」も「悪(吾供)」も無いとは、こう云う事でも御座います。これで、「九分九分九厘クブクブクリン」の意味まで解ってしまいますよね。「一倫イチリンの仕組み」の事で御座います。他人を恨む等する事は、自分自身を恨む等される事で御座います。

メモ:ノストラダムスの大予言の中の「一九九九年七月」と言う内容につきましては、実は神示も触れておりました。それが「火は途の巻」第十九帖の、「の神の申す事…そこまで見届けねば、の火ホウの役目、果たせんのざ。」の部分で御座いました。最初の「一」とは「基の巣型、を通す」等と云う意味で、神示の「の神の申す事よく腹に入れて」に相当致します。「」とは「極限」等の意味が御座いますから、神示の「もうかなはんと申す所堪へて」、「またかなはんと申す所堪へて」、「愈々ヒヨヒヨどうにもならんと云う所堪へて」に三つ並んだ「九」の説明がなされて御座います。「年」とは「念」と言う意味の置き換えでもあり、「念」とは「通す」、「貫く」と言う意味が御座いますから、「頑張りて下されよ」、どこまでも死んでも頑張りて下されよ」に相当致します。「七月」の「七」とは「成る」こと、「月」とは「付く」、「憑く」等の意味がそれぞれ御座いますから、「七月」で「成り着く」、「全うする」という事になります。それが神示の「そこまで見届けねば、個の火ホウの役目果たせんのざ。」に相当致します。神示で身魂を磨く、その経緯と結果の事をノストラダムスは言っていたのであり、「予言」とはまた、違っていたので御座いました。又、ノストラダムスは「無い場合もある」と言われていたそうで、神示で身魂磨きをされない方々には、こういう過程は経ないと言う意味も含めたと考えられます。

メモ:神示には「顔が神の臣民でも心は幽界身魂ガイコクミタマぞ。顔は外国人でも身魂は神の臣民あるぞ」、「五十人の仁人ニヒトが現れる」、「港々に日の丸の旗、翻る神の国」、「神も人も同じ事に成るのぞ」等から、神示で云う「にほんじん」とは地球上の日本列島に籍を置いている「日本人」の事では無く、「仁人ニヒト」の「仁」、「翻る」の「翻」、「神」の、「仁翻神ニホンジン」である事が明白となりました。つまりは神示に因って神に真っ直ぐに向って禊祓ミオギハラいする者の事を、神示では「仁翻人ニホンジン」と云っていたので御座います。従って「日本人」だから神示すら読まないで「新たな世を迎えられる」、「世界を改革する」等と言う道理・根拠は全く無く、「神示読まんで学や智だけでやろうとて、九分九厘でグレンぞ」と云う事しかならないので御座いました。浅い解釈はとんでもない誤解にもなりますから、何度でも神示を読み返しましょう。又顔まで変わるのですから、今で言う「日本人」ともちょっと違った「外国人」の様な顔に成る場合が多いでしょう。一倫の仕組みで和合できた分が身体の大きさ・魂の現れの姿となって、神示を読んでいらっしゃらない方々は自分から幽界世界へと、つまりは肉体も持てない霊にしかなれない御存在となってしまうので御座いました。神代ではこうした事に因って、巨大化した爬虫類・昆虫も現れる事になります。「身体も大きくなるぞ」で御座いますから。

地球は一旦砕かれて、月の内側に収まります。それで又、新たな惑星としてその月から産まれて来ます。それが「一旦天地に引き上げ」てから、基モトの神代よりも一つ新サラつの世界として現れる事と成るそうで御座います。外側の地表世界の方が「目を開けておられん」程光り輝く神世と生り、内側世界は身魂が磨き切れなかった全ての方々の、その時の身魂に匹敵された姿にそれぞれ化かされて住む吾供の世界(幽界)と成るそうで御座います。

<引用者からの一言>

この地球は、位座名気、位座名巳の命がゼロから創造されて、一、ニ、三、~九、今の段階は「九」である、と…。

「九」である今の世界は、「個(自分)」と「供(団体)」、その両方が「苦」、現在の世界が正に、そうなのですね。

「善()」も「悪(吾供)」も無い、同じ、一つである、「一倫の仕組み」。他人を恨む事は、自分自身を恨む事。つまり、他人を恨んではいけません、と言っていると思われます。やはり、そうですネ。恨んではいけないのです。でも、「仲良くしなさい」とか「好きに成りなさい」とかは言っておりませんよネ。偽善者になってまでして、仲良くしたり、好きになる必要はないと思われます。好き嫌いはあって良いと思われます。しかし、恨んではいけないのです。

そうであるならば、私でも、できるかもしれません。嫌いな人とは口を聞きたくありませんからね。これからの時代は気の合う人同志で仲間作り、活動する時代だと言われています。仲間作り、インターネットもそうですネ。ネットは世界が一つになれます、それが海の水が無くなり、鳥居も無くなる時代であるのかもしれません。しかし、まだまだ、危険、油断は禁物。ネットは、おれおれ詐欺よりも怖いです。ゲームも同じ、ゲームは止めた方が良いと思われます。

赤ちゃんに、映像と音だけを使って、脳の発育を促そうと思っても、赤ちゃんの脳は、成長されないと言われています。視覚や音だけでは、脳は発達しません。生身の人間が、全身全霊で働きかけなくては、脳は発達してくれないようなのです。映像は手段、道具であり、見近に、生身の人間が存在する必要があります。いくら、通信技術が発達したとしても、アナログの方が脳の発育には良いのです。デジタルは便利ですが、デジタルの世界だけになってしまったら、人間はお終いです。神にも仏にもなれません。子供の遊びは、ゲームより野球やサッカー、武道、更に、山や川、海、等…、両親があちこちにどんどん連れて歩くのが、脳の発達に良いようです。しかし、幼少時の筋肉の酷使は、身体の成長に悪いです。お遊びの範囲で十分です。

山登りを泣きながら登っている子供の姿、子供の骨の成長に悪いです。現に、びっこ、骨肉腫、白血病など、骨の病気になるお子さまがいます。それから、話が変わって、不妊症の治療です、たぶん、治療が原因で、背骨の骨が脆くなったのでは?と思われる若いお母さんを見かけました。ステロイドも骨が脆くなります。幼少時のステロイドを使用したお子さまは、身長が低い傾向があると、会議録でもおっしゃっていました。

ゲーム、ネット中毒が増加、麻薬中毒よりも多いようです。私も、テレビの変わりがユーチューブになっています。テレビよりもキリなく見てしまいます。身体にも脳にも、怖い時代になりました。自分自身でコントロールをしなければ、恐い時代です。

これからは、内側世界を強くする必要があります。外の世界の変化が顕著で、気になりますが、内側世界を磨く努力も怠らない様にしましょう。<2015.1.14>

42)同次元界の仲間・知人等、「人の為」と言いながらも、根本を洗い流せば自分の為が圧倒的に多いのです

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P.17~

メモ:を抱きまいらせる」事について、神示では「反対の世界を平面でやろうとすると、濁るばかり」と明らかにされていました。「平面」とは同じ次元界の事で御座います。この世ならこの世の独裁者支配者我善し主義者を抱きまいらせようとするならば、こちらが強要・強制するか、相手の考えに染まるしか他にございません。

「無理に引っ張るでない」と云う様に強制できませんし、こちらが染まっては誠にならなくなってしまいます。神示では「一足す一はニと言う学や智では成らん」と訴えて、異次元間で、「立体でやらねば成らん」と示されておりました。異次元ならば、その対象の「」とは、目で見る事のできない「お方」を意味致します。つまり手を握るべきその相手(悪)とは、霊(神様)の事だったので御座います。神示には「は世(代)を潰す元」とも明記されておりますが、その「」とは、同次元界の仲間・知人等の「兼ねカネ」と言う意味まで御座いました。人間の心は殆どが我善しの「悪」で御座いますから、「人の為」と言いながらも、その根本を洗い流せば自分の為だったことが圧倒的に多いので御座います。こういう現実で御座いますから、独りにならなければ決して正しい身魂磨きはできないので御座いました。独りにならなければ、必ず妨害され続けられてしまいますから。それで余の中の全代を神示で和合合一させる為には、現れとしてのお金もさようで御座いますが、「兼ねカネ」でも「曲カネ」でもある家族・知人・親戚から真の理解を得るか離れなくては、神人としての成就は絶対に有り得ない位、難しいので御座いました。悪魔に洗脳されて、現界しか見れない・理解出来ない様にされていらっしゃいますから、「」を結果的に妨害されてしまうからで御座います。ただし、どんな事になってもどんな相手も恨まない事が必要で御座います。そして目では見えない上様カミサマに、常に従い続ける日々を過ごすので御座います。神懸かった方々は、必ず独りで岩窟ガンクツ等に閉じこもりますが、複数で閉じこもる事は御座いませんよネ。

<引用者からの一言>

神様と思われる、その御声が聞こえる方が、世の中には数多くおられる事を、御著書やインターネットだけでなく、日本人には昔から、実際に多く居られたようです。私も一度、それらしき声が聞こえてきた事があります。もし、そのお声に出逢わなければ、きっと、今頃は、仕事だけでなく、夫や子供ともうまくいかなくなっていたのではないかと思われます。そのお声は「同じ事の繰り返しだよ」と云うお言葉だけでしたが、そのお言葉で、私の過去生での生活、全てをお見通しができた感じがしました。つまり、私は過去生で、何度も何度も、同じ所でくじけていたのです。そのことを、私の魂は私に必死で伝えてくれたのです。「今がその時、現状を乗り越えなさい…」、と、私の眠っていた目が醒めた気持ちになりました。戦おう…、と。それまでの私は、どっちかといえば、おとなしい存在でした。権力者に従っていたのです。しかし、それではいけないのです。おかしい事はおかしいとハッキリ言わなくてはいけないのです。しかし、それを言うのは現実には困難です。しかし、チャレンジ。きっと神様が導いてくれる…。そう思ったら、おかしい事、苦が苦でなくなってきました。苦労が苦労とも思わなくなってきました。今の苦や苦労はお導きなのである…、全てが、神様のお導きなのです。それを、苦、苦労と思うか、試練と思うかの違いだけなのです。つまり、心の持ち方次第なのです。そう思ったら、否定する理由も無くなって来ました。全てを素直に受け入れられるようになってきました。そして、自分に自信を持つ事もできるようになりました。神様がお側にいると信じる事が大切なのです。それが、異次元間、「立体でやらねば成らん」同次元だけで生きていては、悪にそまってしまう、異次元の神様の存在を常に意識して生きる、それが、鍵であるようにも思われてきました。

私は、停年後に、私と御縁のあった方との御縁を全て、断ち切ることを決心しました。つまり、リンパの仕事を応援してくれる方、始めた頃には、今迄に、御縁の有る方を頼りにして、声を掛けていました。しかし、声をかけても、かけても、頑張ってねと口だけ、その内に行きます、と言うだけなのです。がっかりするほど、誰も来てくれません。応援をしてあげる、と、口で言っておきながら、縁が大事だよ、と、口で言っておきながら、それは、全て、嘘であったのです。つまり、同次元の方は、自分のお仕事を優先します。それ以外のお付き合いは、自分の得に成らなければやるはずがありません。そういう現実で御座います。悪魔に洗脳されているのです。現界しか見れない・理解できない様にされているのです。そのことを、現実に見させていただきました。今の人々は、悪に洗脳、されきっているのです。それに、私も、お陰さまで、気付くことができました。

リンパの仕事を始めるにあたって、この世の御縁の有る方は、私にとっては悪の存在であったのです。しかし、どんな事になってもどんな相手も恨まない事が必要です。これは、きっと、神様が、今迄の仕事と縁を切りなさい。思いを切りなさい、思いを切って、やりなさいとも聞こえてきました。

その代わりに、来てくるお客様から、どんどんアドバイスを戴きました。その内に、私の思考回路が変わってきました。つまり、固定観念が外れてきました。病院の中ばかりで働いていては、この激しい世の中の変化には気付かないと思われます。病院はこれからどうなるのでしょうか、却って、心配になってきました。これからは、保健医療がどんどん、きびしくなります。保健医療だけでは食べて行けません。お医者様も看護師さんも、安泰ではいられなくなる筈です。固定観念に染まっていてはいけないのです。海外ではどんどん代替医療を病院でもやっています。高血圧や高脂血症、糖尿病の薬等、殆ど無意味…、副作用がどんどん見えてきました。国民も解ってきました。その内に、日本でも、代替医療を取り入れなくては、やって行けなくなってきていると思われます。反対に、今、代替医療をやっている方、真の仕事が問われます。国民の目は厳しいです。どこもかしこも、今迄のやり方では、通用しなくなる時代です。でも、それが、良い方向に向っているようでもあります。異次元間の霊と仲良くする…、内側世界に耳を傾ける必要がありますね。<2015.1.16>

 

43)宇宙全体には「フトマニ」の法則が御座います。神示を通して最下層から一つずつ高次元世界に向って、

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P.17後半~

メモ:正しい「神代」を迎えられるように成るには、神示フデに因って現れた霊に従って生活する、「霊主体従」に徹し続けなければ成りません。この事を神示フデでは()の御用と云われて御座います。「神の御用さへ務めて下されたら」とは、神示に因って現れた上様カミサマ(自分自身より一段高い上の代より声を掛けて来る神)の云われるがままに、肉体側として従い続ける行いの事で御座います。神示フデに示されていた「二人づつでやりてくれ」、「霊肉共に」とは、この事を説明していたので御座いました。気を付けなければ成らない事は、この世でも我善し・私利私欲の目的を達しようと妨害をして来られる「上様」もいらっしゃると云う事です。「付治をりに来る悪魔」、「この神示、まれぬ様にしてくれ」とは、そうした「上様」の云われた事にまで従っていては、成就しないと言う事で御座いました。いくら「霊主体従だから」と言って私利私欲の目的で声を掛けて来る「上様」にまでまともに従ってしまうのでは、「馬鹿正直、成らん」と云う事になってしまいますから注意致しましょう。そういう上様には、「それも一案ですね」や「ありがとう御座います」と、優しく心で思うだけで済ませましょう。「言が体接タイセツ」で御座いますから、うかつにお返事してしまいますと、その神様と「体が接ツく」事に成ってしまいますし、「追い払ふでない」と云う事でも御座いますから、感謝すれば宜しゅう御座います。宇宙全体には「フトマニ」の法則が御座います。この規則は神神様でも破れません。つまり、高い次元界から直接最下層の世界やある特定の代へ伝達・交信する事は絶対にあり得ない、と云う事で御座います。各異次元界を必ず経て行かねば伝達・交信ができない構造に成っております。従って、より高い次元界からのお告げを御希望されるのならば、そこまで繋がるそれぞれの世界の神々様とも手を結ばなければ成りません。神示は基の代から活き通しの神様からのお示しで御座いますから、この神示が万物の元(基)となります。それで、神示を通して最下層から一つずつ高次元世界に向って、手を組み積み上げて行く必要が御座います。建物を建てるにも先ず土台作りが必要で、その土台をしっかりと作らなければ上へと建てる事自体が不可能となってしまいます。神示で云われている「一ニ三の御用」とは、この土台作りの事で御座いました。この土台が出来上がって初めて、経て者とする異次元世界の霊(上様)の選択を始めるので御座います。簡単に説明致しますと、「一ニ三の御用」とは、上様からの声そのものが、聞こえるようにさせられる為に行う全ての行いの事で御座います。その為には、肉体そのものが異次元からのお告げを感知できる様にしなければなりません。それを果たす感覚神経は大変に各々が細いので、毛細血管によって栄養が運び込まれて活きております。従って血液はサラサラにしなければ成りません。「仁翻神ニホンジンには肉類禁物」とは、全ての動物性脂肪は血管の内側にこびり付き易いので、太い血管ならまだしも、毛細血管は真っ先に詰まる直接の原因と成るからで御座います。大半の方々は、感覚神経がこれらの毛細血管に詰まりに因り神経自体が壊死させられている為に、異次元世界からのお告げも聞こえず交信不可、となっているので御座いました。赤ちゃんの頃には、異次元からの声がどのお子様でも聞こえているので御座います。この感覚神経の再生計画が、「一ニ三の御用」で御座います。後は神示フデの道に行く上様との和合に因って、最終的に天に繋がった神代が迎えられる事になる努力を、私達はすれば良いのでした。

<引用者からの一言>

古事記と日本書紀、旧約聖書と新約聖書、イスラム教でさえ、内容がほとんど同じであると言われています。その時代の権力者が、自分の権力を誇示するために、元からあった経典を、権力固持の為に書き換えて、名も変えてしまったようなのです。ですから、元をたどれば、同じ経典なのです。「付治を盗りに来る悪魔」が、時代の権力者なのです。それでは、その元の書物はどなたがお作りになられたと思われますか?

今の世界の前の世界、つまり、レムリア、アトランティスの時代の経典?と言われています。レムリア、アトランティスの時代が滅びる時に、高貴なお方が、同じ間違いをしない様にと、次の時代の人々を導びくために、お作りになられた書物が元であると言われています。その書物を、時代の権力者が、盗み見て、少しずつ書きかえたのが、古事記・日本書紀・旧約聖書・新約聖書・イスラム教…であると!? 御釈迦様が初められた仏教の教えが小乗仏教、それを、権力の有るお坊様達が大乗仏教に書きかえたとも…。

本当の理由は解りませんが、私達の意識レベルが上昇すれば、経典は不要であるとも言われています。それが、今であるとも…。しかし、地球が、戦争や災害で滅びなければ、の話なのですが…。

一段高い上の代より声を掛けて来る神の云われるがままに…、果たして、出来るでしょうか? 現代は、まだまだ、我善し・私利私欲の上様が、上層部に居据わっています。そろそろ、引っ繰り返る?そのきざしが見え隠れしているようにも見えますが、まだまだ、おおきな試練を乗り越えなくてはいけないようです。

私は、リンパの仕事を始めるにあたり、勘を働かせるようになりました。閃きを優先にしています。つまり、自分の脳は頼りにならないからです。自分の脳は、自分の体験した過去の体験の積み重ねなのですから、新しい仕事に挑戦するには、自分の過去の体験は、ほとんど役に立ちません。だから、閃きや勘を優先にして、霊主体従になっています。その方が、自分の苦労が半減します。半分は自分の頭で考えなくても良くなったからです。閃きが出てきたら、その閃きが、どうして出て来たのだろうか、と考えるのです。そうすると、ドアが見えてきます。ドアが見えれば、道が見えてきます。しかし、その道は、今迄経験した事がない道なので、不安になります。次は、その不安との戦いです。進もうか、どうしようか…、失敗したらどうしようか、色々と頭に浮かんで来ます。知らない道を歩くには、勇気が要ります。勇気がなければ、進む事ができません。そこで、また、霊主体従になります。つまり、霊を先に進ませて、体が後から行くのです。つまり、一歩一歩、慎重に進むのです。変だな、おかしいなと気付くかどうか、それを確認しながら進みます。失敗してから気付いては遅いのです。それでは、体主霊従になります。自分の心が納得しながら、前に進むように行動するのです。それが、霊主体従になります。つまり、自分の心が納得しなければ、進みません。取り敢えず、うろうろとドアの周囲を歩き廻って、時々声を投げてみたりもしながら、打診。自分の心が納得するまで、じっと待ちます。悪魔のささやきもあります。意外に多いのです。それに打ち勝つためには、絶えず自分の心の浄化が必要です。私の場合は神棚と御先祖様にお祈りをして、禊祓いをするように心掛けています。それをしていると、何となく、守られている気分になって来るのも不思議です。

お肉は、出来るだけ食べない様にしています。お肉は食べない方が良い様ですネ。できたらお魚も、食べない方が良いとも聞きます。しかし、なかなか、難しいです。頭の隅に置いておいて、少しずつ進んで行きましょう。血液サラサラはリンパマッサージが優れていると思われます。<2014.1.18>

44)「春・夏・秋・冬」をそのままに解釈していると間違えます。「秋」とは吾善しを基とした吾基アキの集

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P.18後半~

メモ:神示フデには、「冬の次は春とは限らん」、「夏雪降る事も有る」と示されております。季節の境目がはっきりとしなくなって来た今日この頃の事を示しておりました。

この「夏雪降る事も有る」と云う部分は、一つの別の解釈と致しまして「夏行き振る事も有る」と理解できます。冬からはっきり「春」と思えない寒暖の激しい時期を経て、丸でいきなり夏になってしまうと言う現象を意味して御座います。地域によっては「初夏に雪が降る」と言う現象も御座いました。もっとも神示フデでは「時」を「地上人の時間として考えると個の神示フテは解けない」とも説明されておりましたから、地上の「春・夏・秋・冬」をそのままに解釈していると間違えます。一例を挙げますと、

「春」とは自身の内側世界の霊肉関係を和合で張る(付治を張る)事であり、

「夏」とは和合を基とした張りで成る途へのを作った名憑(仮名へ繋げる過程)の事であり、

「秋」とは吾善しを基とした吾基アキの集いと言う意味であり、

「冬」とは霊が憑依し続ける付愉と言うふうに、それぞれ解釈する事もできます。

<引用者からの一言>

私は春も夏も秋も好きですが、冬はどうしても好きになれません。生まれが東北だったので、冬の厳しさを身にしみています。温かい地域に憧れていました。冬になると、毎年、手や足に霜焼けができて、炬燵コタツにばかり入って、ボーッとしていました。冬にはあまり外に出たくはありませんでした。その冬が、これからの世界に訪れるのです。

神示が云われる春夏秋冬は、 一例の様なので、きっと、まだまだ、沢山の意味があるのかもしれませんが、取り敢えず、今の時代は秋の終りになります。個人主義時代の終焉、吾善しの時代が終わるのです。そして、次は長い冬が訪れます。神示では、私達の肉体に霊が憑依…?これからは、霊と共に生活する…?その霊を私達が、これから選択する…?

成る程、なるほど…、人間の心は、安定していません。昨日と今日と、一瞬の間でも、心がころころと変わります。環境の変化や言葉が元で、心が左右されてしまいます。人間の気持ち、心が安定していません。怒り、不安、苦しみの頂点が今の時代です。私達は、自分の心を安定させるには、芸術や、スポーツ、家族の愛…。

それも、危うくなってきました。かといって、国が、国民に向って、結婚しなさい、夫婦の愛を育みなさい、子供を産みなさい、補助金もあげますよ…、等と、叫ぶのも、お角違い…。それでは、全ての人々の心が安定する方法、どうすればよいのでしょうか?

それが霊であるように思われました。私達の心は霊なのです。色んな霊が私達の心に忍び寄って来て、入れ替わり、立ち替り、出たり、入ったりしているのです。気分が良い日もあれば、悪い日もあり、気の合う人がいれば、心が落ち着きますが、合わなければ、心が揺れます。それが、今の時代の私達なのです。その不安定な心を強くしなければ、これからの冬を生き抜くことが難しくなりそうです。

平成15年度がピークであるとも…、それが、安定する迄には30年位も掛かるとも…。

どのくらいかかるのか解りませんが、兎に角、今の時代を終わりにしなければいけないと思われます。次の時代は、取り敢えず、嘘を言わない、偽りを言わない、詐欺をしない、搾取しない時代になって欲しいものです。

人々が信用し合える時代へと、たぶん、災害を経験され、原爆の被害に合われた方は、身にしみて感じておられると思われます。

どんなに災害に見舞われても、家族を失っても、心に傷を負っても、めげずに、生き残る心の強さを持つには、霊の力が必要なのかもしれません。

私達は、春と夏と秋を経験してきました。そして、これから、厳しい冬に突入します。

冬の世界は、きっと、長くて、厳しいと思われます。冬に入る準備が必要です。色んな意味での準備、我善しの個人主義の意識が通用しないと思われます。

人間の道として、何が本当に大切なのかを、改めて考える必要があると思われます。

飯山一郎さんのブログに、

「百済国が用いた国家統合と国家経営の秘儀」5つが書かれていました。

1.      権力や武力ではなく権威
(権威の訳:①すぐれた力のあること②その方面で優れた、尊敬すべき人)

2.      シャーマニズム(神の言葉)

3.      民の仕合せを願う祈りと祈祷術

4.      国民を統合する神話づくり

5.      国民と運命をともにする覚悟

http://blog.goo.ne.jp/capitarup0123/e/5d010f5e4cd57e7b5b2be5c791677ab1

日本の国は古くから天皇制が続いています。百済国の精神が、波乱の時代を乗り越えて、今の時代も続いています。改めて、恐れ入ります。
<2015.1.19> 

45)信用できる霊に対して、霊主体従した生活を徹底しなければ、和合(神人)合一そのものが不可能。

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P.17後半~

メモ:「一二三神示フデ」では、「真中」の事が良く書かれて御座います。「真ん中」の意味で御座いますが「仲良く和合する」と云う意味で、ここでは「真仲」と云う当て字を多様致しております。「真仲動いては(神人には)成らん」とは、神示フデに因って現われた霊(神様)に対して霊主体従する生活を送る事が必要であり、絶対条件であると意味で御座いました。つまり、中には妨害が目的の霊も存在されていらっしゃいますから、何でも「霊主体従なら善い」と云うのでは御座いません。「この神様!」と信用できる霊に対して、霊主体従した生活を徹底しなければ、和合合一そのものが不可能と成ってしまうからで御座いました。その事も含めて馬鹿正直(神人には)信用出来る霊に対して、霊主体従した生活を徹底しなければ、和合合一そのものが不可能と成ってしまうからで御座いました。その事も含めて「馬鹿正直(神人には)成らん」と神示フデで注意を促されていたので御座います。

メモ:「一二三神示フデ」では、「ニニ」を一般的には「士」と訳して御座います。大変に初心者には判り易いのですが、深い意味では霊人の方々と共に活きる、と云う意味で、「ニニ」を「付フフ」と云うのが最も相応しい当て字の解釈だそうで御座いました。天界からの御告げにて知らされたのでしたが、確かに「道を歩み、憑(付)いていく」、全代和合合一ゼンヨワゴウゴウイツの道で御座いますから、なる程、云われた通りで御座いました。文中にも「三三」の「ざぞ」と云う古語特有の言葉遣いが御座いましたが、この「ざぞ」の原文の「三三」とは、「実身」とも「ミソ」とも「散々」とも「満ち道」とも解釈出来る、大変に広大で重大な意味が御座いました。「三三」と「ニニ」ならば、当然「一一」も関連致しております。「一一」は「日々」とか「火火」とか「いちいち」等、基本的な事を強調するかの様な意味が御座いました。「三」が道で御座いますから、それぞれ「一一一」、「ニニニ」、「三三三」も御座いましょう。「一一一」は「日火」等、根本的な事とその意味の説明が加わります。「ニニニ」ならば「歩付」等、共に行く価値の高さ、「三三三」ならば「実身」など、最後の全体の意味も判る様な解釈まで、それぞれが可能と成り得るので御座いました。

<引用者からの一言>

私は幼い頃から、「馬鹿正直で要領が悪くて仕事がのろい」と言われていました。今でもそんなに変わりがありません。私は、人を信じやすくて、騙され易い人間です。神示フデでは「馬鹿正直成らん」と言われていますが、それが、私にとっては難しいです。

それにしても、今の世の中は、騙す人間が多すぎますよね。騙している人間だって、騙されているのですから、お互い様です。騙したり、騙されたりして、お互い同士で、傷付き合っています。だからといって、責められないし、自分が逃げてばかりいたら、ブログも書けないし、ホームページからのお客様も怖くて、募集ができません。人を勘ぐってばかりいても、仕事になりません。

これからの波乱の世界を生き抜くには、神示フデで云われる「真に仲良く和合する」。その和合する相手は、人間ではないのです。異次元界の霊、自分の心の魂とフィットした霊…、つまり、スピリチャルセミナ―でよく言われている、神人合一でもあるようです。私は、神人合一など、絶対に出来る筈がない、セミナーの先生だって、わかっていない、解ったふりをして教えているように思われてなりませんでした。

今迄、神様の存在や霊の存在等が、今一、わからなくて、自分が、頑張れば、努力すれば、我慢も大事であると思っていました。しかし、頑張れば頑張るほど、努力すれば努力するほど、我慢すれば我慢するほど、仇になる場合が多くなってきました。そこで、次は、いい加減、能ある鷹は爪を隠す、見ざる言わざる聴かざる、に徹するようになりました。馬鹿になるのが良いと思うようになりました。

日々、歩いて実になる{一ニ三}、最後は実ですね。

今の社会は、家庭や子育てよりも仕事が大事。家庭が疎かになって、離婚率も高くて、貧しい人程、離婚していると言われています。更に熟年離婚。毎日カップラーメンで済ましている男性、我が家の夫だって、私が食事を作らなければ、カップラーメンで済ましています。冷蔵庫に食品があっても、チンよりも、お湯を注ぐ方を選んでいます。健康と、老体との戦い、試練が続きます。

スティーブジョンズ氏が、アップル社を追い出されて、呼び戻される迄の10年間の間、何をしていたか、瞑想であったとも言われています。教会でもお寺でもなかったようです。

殆どの芸術家は、神人合一が出来ていなければ、良い作品が創れないとも。神人合一ができたとしても、まだ苦労はありそうですね。

取り敢えず、神人合一の世界になったならば、一が美しく、二が富んで、三の己の生活を送る。

日々を毎日苦労して、悪神様に取り憑かれて、散々苦労する生活にならないように、自分の感性を磨いて、信用できる霊を選び、霊主体従した生活がおくられるように、頑張りましょう。<2015.1.23>

46)霊(神様)からの声(御告げ)が聞こえない方々は「神様に捧げる」と云う行為そのものも不可能なので

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.21

メモ:「一二三神示フデ」では「食ひ物」とか食べ物」と、食事に関して云い分けても御座います。ですがこれらは必ずしも食事その物の事とは限りません。例えば牛のお肉を食べると「牛化」するので御座います。食べ物にもそれぞれの霊が憑いており、牛の姿にさせる為に必要な達が「牛」に集められているから「牛」として姿を現していたので御座います。従って人間が牛のお肉を食べれば、その人間が「牛化」する道理、お判りになられたと思います。つまり、「牛化」させるが食べ物「他経者タヘモノ」として食ひ物(請ひ者)として、食べた(他経た)その人間に移されるので御座いました。同様に、魚類も他の動物達も、穀物お野菜も、皆、同じ道理で御座います。「牛の食べ物食べると、牛の様に成る」とは、「牛の他経者、他経ると、牛の用に生る」と云う意味でも御座いました。うしみたいな体型・体質・性格・御役・御用に、近ずいてしまうので御座います。

又、「神に捧げてから」とは、自身の霊(守護神)の云う事に従う」事で御座います。私に「動物性脂肪の食べ物は体に悪いから、神様に捧げる方法を教えてください。」等と言われて来た方々が数人いらっしゃいましたが、人によってそれぞれに身魂の状態に相違が御座いますから一概に「こうやります」と例をみせられませんし、その方々の霊に従う事、そのものが「捧げる」行為となりますので霊(神様)からの声(御告げ)が聞こえない方々は「神様に捧げる」と云う行為そのものも不可能なので御座います。神様に捧げるのですから、その神様に直接「どう言う捧げ方・やり方をすれば良いのか」が聞けなければ、その神様に捧げた事にはなりません。人間の考え・独断で、勝手に「捧げた」と言う事にされただけになってしまうので御座います。それは「形だけ」の捧げ方だったので御座います。このままでは当然、神人とは成り得ません。獣と成ってしまいます

メモ:「一二三神示フデ」には「旧九月八日、十八日、五月五日、三月三日」等、「かのととりの日」についても書かれて御座います。神界や霊界には時間が御座いませんので、地表の時間と同じに扱うと間違ってしまいます。これらは天界からの御告げでは「磁場が憑いた時」と云う、その条件が成立した事を云うそうで御座います。「磁場」とは「中心世界」、「神代」の事でもあり、神示では「丹波」とか「たんばいち」とも表現されておりますが、要するに「磁場」である「基の世」と何らかのそれぞれに代わった繋がりが持てた、と言う事で御座います。「基の世から何らかの繋がりが加わる」事を「かのととり」と云う深い意味が有った事がそれで判明致しました。基の世から個個を且つて、用(神行)化させられた、と言う事で御座います。「基の世から何らかの繋がりが加わる」事を「かのととり」と云うそうですから、「加の途執り」が一番意味的に近い当て字で御座いましょう。従って「かのととりの日」とは、「加の途執りに火」と云う事になります。因みに一例と致しまして、「三月三日」は「実且つ身加」、「五月五日」は「悟且つ出づ加」となります。「八日」は「用化」若しくは「代加」、「十八日」は「途治仁智」とも訳せられます。

<引用者からの一言>

神様は、トリックがお好きですネ。何故、こんなに複雑にしているのでしょうか?悪神様に盗まれないようにするために?真に善い人間だけを導くために?色々なトリックをいれたのでしょうか?

単純な人間であれば、肉を食べてはいけないと思い込んでしまいます。更に、魚も、穀物も、野菜も、ともなれば、何も食べられなくなってしまいます。それでは死んでしまいます。それでは、神示に耳を傾ける気も無くなってしまいます。究極は、宇宙エネルギーだけを食べて生きることができる身体と変化をして行くと云う事ですが…、しかし、そんな身体を今から求めていても仕方が有りません。

高年齢になればなるほど、肉や油のある食べ物を自然に好まなくなる方が多いですが、高年齢になってもバリバリと働いている方ほど、お肉を食べている方が多い様にも思われます。そして、お肉を食べている方ほど、お身体も丈夫であるようにも思われます。しかし、分子栄養学の山田豊文先生は、若い方でも、お肉を食べないようにと勧めていらっしゃいます。昔の日本人は、身体が小さくても、重い鎧を着て、戦に出かけたりしています。ご飯や雑穀のエネルギーのパワーは絶大であるようなのです。

戦後には、日本人を衰えさせるために、お米を食べさせない様に、学校給食にパンを取り入れたとか…、しかし、最近の学校給食にはご飯のメニューが多くなってきたので、その力も失せてきたのでしょうか?

私は、独身の頃はパンばかりを食べていました。ご飯をあまり好みませんでした。しかし、結婚してからはご飯ばかりを食べています。パンはどちらかと云うと、おやつです。ご飯を食べるようになってから、心が落ち着いて来ました。山田豊文先生もおっしゃっていました。食べ物は心の性格まで変えてしまうと…。外国人が日本に住んでいて、ご飯を食べていれば、日本人に似た性格に成って来るのだそうです。お米を食べていると平和に成るようなのです。食べ物の影響が大なのです。心の病のお持ちに成られている方は、食べ物も見直した方が良さそうです。あちこちのブログでも言われていますが、食事が大事です。伝統の和食には秘密やトリックが含まれている様にも思われます。特におせち料理には多い様です。しかし、なかなかつくれません。神示には食に関する事が多く書かれています。食事を先ず変える事が肉体を変えて行きますので、神人合一の世界の近道になるように思われます。

第六感の中には、磁場が含まれていません。人間には磁場を感じられる場所が存在しています。それが方向感覚であるとも言われています。そうすると、第六感ではなく、第七感と表現しなくてはいけない筈なのです。その磁場の有る場所が、額の蝶形骨と骨盤の仙骨であるようなのです。その二つが宇宙のエネルギーと交信しているようです。その二つの骨だけは、臓器移植が出来ないそうです。磁場は鉄分。地球には鉄分が多いのだそうです。鉄分が、繋がり…。それが狂っているので、クジラやイルカが大量死とも…。それが狂っているために、人間の心までもが狂ってしまっているとも…。生きるのが難しい世の中ですネ。<2015.1.25>

47)心が腐るとは、付フて腐クサる事、捻ヒネくれる事、僻ヒガむ事、恨む事等で、神人を目指す上では望

http://hifumifude.digi2.jp/fude/memo.pdf

P.21

メモ:祓ハラい」とは「腹に火が繰れる」事を云う事が判りました。「火向ヒムカ」が「火(神)」を迎えて、腹に神、集まり増す状態に成った事を、「祓ハラい」と云います。つまり「腹火」と書くのが意味的には正しいのでした。「祓ひ」の「」とは、天界からの御告げでは「身祖気」と云う表記が一番判り易いそうで、「自身の肉体の中に有る祖先からも含めた全代の気」、と云う意味だそうで「御座います。それで「禊祓ひ」とは「身祖気腹火」と云う当て字・意味となり、自分自身の内側世界全てに「火」が点トモされた「神人」と成る事の意味で御座いました。

メモ:「神界では悪が攻めて来ている」とは、神代に向うべく身魂磨きを行っている者には、既に「我もが助かろう」という我善しの人々が集まって来て、利用する様にされ始めている、と言う事でも御座います。「神界」とは「芯加居」とも訳せられます。誠を通される方々には、それにあやかろうとか利用しようと言う方々(悪)が集まって来ている、と言う現象そのものの意味でも御座います。

メモ:個の神示フデ八つ通りの解釈ができるのは、神の国は別として、世界七つに分ける、その七つの色(位路)までしか判らない方々ばかりで、その内側に御隠れの神様(神国)の所にまでは、「仲仲で活かないと判らん」と云う事で御座います。出来上がってしまわねば「使われているから判らない事」で、出来上がってしまって初めて「何と言う有り難い事か」と心が春(張る)の様な事を「八つ通り目は中々ぢゃな」と云っていたので御座いました。「基の神国の誠の力を八つ切り見せて張る解き」の事でも御座います。「八つ通り目の解釈」とは、「一二三神示フデ」の事で御座いますから、「一二三が段々多くなるのざから」と御座います様に、七通りの解釈全てに共通していた神示フデそのものが判明できると云う事だそうで御座います。欠帖か未公開神示フテまで全て明らかとなり、巻き物が五十全て揃う事になるので御座います。「五十」は表裏合わせて「百」と成って、遂に神余全体が「百:明かされあきらか」となるので御座いました。この神示フデの直訳にも関わらせて戴いて判明した事は、原文からは良い解釈にも悪い解釈にも直訳出来るので御座いますから、本当に「善」も「悪」も無いので御座います。

メモ:お告げに因り判明致しましたが、海に居る動物達(魚類・貝類・蟹蝦類)を食べると心までが「腐る」そうで御座います。しかも四足動物よりも腐り方が早い上に、異臭も強烈で御座います。「個コの代も吾アの余も一つ」と云う様に、心も体も一緒で御座いますから、腐る食べ物を戴けば心まで腐り易く成る道理で御座いました。心の現れが体、体の状態の基が心で御座いますから、腐る食べ物を戴いていたら当然腐り易い心と成ってしまいます。魚介類を体温と同じ所に置いていたらどうなるか?それと同じような現象が体内で起きるので御座います。心が腐るとは、付フて腐クサる事、捻ヒネくれる事、僻ヒガむ事、恨む事等で、神人を目指す上では望ましくは御座いません。見つからない様にコソコソと悪事を行う心にも成ってしまいますから、魚介類も避けた方が宜しゅう御座います。

<引用者からの一言>

食事には、身体の健康にとって良い食事と、心()の健康にとって良い食事と、二種類が有る様に思われます。身体にも心(魂)にも良い食事を食べることが、本当に良い食事であると思われます。どちらかにばかり、偏った食事をしていてはいけないのです。

巷のベジタリアンの方々は、きっと、肉体よりも心を大事にされているのだと思われます。最近、マクロビオティックをされている方々が批判されているブログを目にしますが、極端がいけないのだと思われます。この世では、身体が資本です。身体が弱ければ、精神がいくら強くなっても、この世では生きて行く事ができません。反対に身体ばかり丈夫になっても、精神が弱ければ、雇われガードマンにしかなれません。

身体も心も、両方共に、健康になる食事をしなければいけないと思われます。

ある健康を唱えているブログに、この世で一番悪い食べ物は、砂糖である、と書かれていました。砂糖の消費は100年程前から、どんどんと増えて、全世界で糖尿病が軒並み増加しているのだそうです。糖尿病の人口が日本では950万、世界では3億8670万人、成人人口の8.5%、日本ではもっと高く、36%、糖尿病に因る人工透析がどんどん増加しています。砂糖が身体にとって一番悪いそうです。

心(魂)にとって一番悪い食事は何に成るのでしょうか? それは、同次元の食べ物であると思われます。先ず、人間です。人間が人間を食べる様になれば、この世のお終いですねネ。どんなに飢えても、人間同士が食べるようになっては、いけないと思われます。世界の残虐行為をみると、そのような事が実際に過去に合った事が判ります。今でも未開の奥地や悪魔崇拝者の中には残っているようですが…!? シンデレラ姫や赤ずきん等のアンデルセン童話にも、そのような悲劇が伝えられているようです。日本昔話の中にも秘められているようなのですが…、そのような事は絶対にあってはいけませんね。

地球を御創りになられた神様は、人間の食べ物は、本来、木の実や果物、穀物などの植物だけを食べて、生きる事が出来る様にと、全ての動物が困らないように、平和に暮らせるようにと、地球を、御創りに成られたとも聞きます。しかし、天変地異によって、森林が破壊されるともに、人間の智慧が、魚や動物を食べる様になったのかもしれません。その結果、争いも、世界に広がってしまったのかもしれません。

最近、未来から来た少年のユーチューブを目にしますが、その少年が、今の世界の人々に忠告をしたい事は、未来では食べ物が非常に高価で、贅沢なものに成っていると言われていました。だから、現代の方々に、自然の環境破壊を早く抑えて下さい、と、私達にメッセージを送っていました。遺伝子組み換え食品もさることながら、化学肥料や除草剤、沢山の化学物質、放射線物質もなんとか解決しなければ、未来に、取り返しのつかない、負の遺産を残してしまうことになりかねません。今を生きる人々、私達に課せられている課題であると思われます。取り敢えず、心までもが腐らないように気をつけましょう。
<2015.1.26> 

 

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リンパマッサージはNPO法人日本メディカルリンパ協会の指導課を卒業しました。(現在は理事長が亡くなり廃校しましたが、現在はリンパ専門サロンとスクール名を変更して、継続しております。http://www.lymph-alice.com/)。
リンパマッサージのオイルは、ひまし油にグリセリンを半々に薄めて使用しています。ひまし油は安定、酸化しにくい油です。ひまし油はエジプト時代では薬にも使われていたようです。リシノレイン酸という脂肪酸が90%含まれていて、プロスタグランジン受容体に結合、皮膚の賦活作用、鎮痛作用、抗感染症などの様々な効能がしられています。酸化しやすいといわれるリノール酸の含有率は5%です、これは、乳幼児によく使用されているホホバオイルと同等の量です。(科学ニュースの森)。更にラベンダーアングスティフォリアとリトセアの精油で化粧水を作成して使用しています。(日本メディカルアロマ協会のアロマ療法http://www.jmaa-aroma.com/)乳幼児にはラベンダーアングスティフォリアとナチュラルモイストジェルを使用します。
ひまし油は日本薬局方を合格の油を使用しています。

《まこも枕》
お子様の頭痛に使用して見て下さい。
良く眠れるだけでなく、頭の病気にも効果があるようです。
詳しくは、このホームページに書いてありますので、御参照下さい。
ご購入方法は、「一休み庵 042-395-6856」に御連絡下さい。
マコモ茶も販売しています。30~40g500円。煎ると更に美味しいです。